慶應義塾、体育会バスケットボール部について
慶應義塾は1858年に福澤諭吉が創立した、日本で最も長い歴史を持つ総合学塾です。「独立自尊」という、何事も自身の判断と責任のもとに行う教育理念のもと、常に社会を先導する優秀な人材を輩出してきました。
慶應義塾体育会バスケットボール部の歴史も古く、1924年に「慶應義塾籠球倶楽部」を設立し、1931年1月に慶應義塾体育会に正式加入しました。慶應義塾体育会に所属する43団体※は、小泉信三の教えである「スポーツが与える3つの宝」を共通の理念とし、勝敗の結果のみならず、目標達成に向けた過程において「気品」を磨き、塾生としての人格形成を志しています。(※2023年3月時点)
「スポーツが与える3つの宝」
一 練習は不可能を可能にする
二 フェアプレーの精神
三 友 ~信じ合え、何でも言い合える生涯の友
慶應義塾体育会バスケットボール部は、関東大学選手権大会で優勝5回、同リーグ戦で優勝4回、全日本大学選手権大会で優勝7回、全日本総合選手権大会で優勝1回という輝かしい戦績を誇る伝統ある部です。Bリーグや各バスケットボール連盟役員、企業経営者等、各業界のリーダーとして活躍する卒業生を数多く送り出しています。そして卒業生が全面的に現役チームを支援する縦の繋がりも、慶応義塾体育会の大きな魅力の一つであり、部員の支えとなっています。
部員は文武両道をモットーとし、授業やゼミ活動への出席を重視する中、全体練習以外の自主練習の時間を各人が工夫しながら、心身の強化に取り組んでいます。このように個々の考え方を尊重するとともに、チームとしての高い目標を達成する為に何をすべきかについて、学年の壁を無くし、自由に意見を交換し合う文化も、魅力の一つといえるでしょう。
そして慶應義塾ならではのイベントとして、伝統ある「定期戦」が二つあります。関西大学との定期戦は、2022年に第90回の記念大会を行いました。また最大のライバルである早稲田大学とは、バスケットボールの聖地代々木第二体育館で、早慶バスケットボール定期戦が開催されます。会場は毎年超満員となり、両校の応援指導部による応援合戦のもと、実力を超え両校の意地とプライドを賭けた闘いが繰り広げられます。是非一度会場にいらして下さい。
慶應バスケットボール祭(フェスティバル)
昭和28年度シーズンの成績低迷に当時の現役・OBは危機感を持ち、”ボールを中心にして一堂に会し、大同団結して塾バスケットボール部を隆盛に導こう”という気運が湧き上がり、「慶應バスケットボール祭」が発案・企画されました。第1回は昭和29年3月28日(日)に開催され、現在に至ります。
第1回パンフレット(画像をクリックするとPDFファイルが開きます)
医学部体育会バスケットボール部との交流
日時: 2015年2月20日(金)・23日(月)・25日(水)・27日(金)
場所: 慶應義塾女子高体育館 参加者: 大谷部長・大学部員
1 活動内容
一貫校との関係強化のみならず、医学部バスケットボール部とも関係強化・親睦を深める事を目的に、上記4日間に渡り医学部体育会バスケットボール部への練習に参加した。
- 1日目:
医学部練習参加を通して交流を深める事と普段の練習の様子を体育会部員が把握するために、医学部の練習メニューに体育会部員も一緒に参加した合同練習を実施。 練習終了後に、体育会部員が練習内容に対して指摘した。 - 2日目:
医学部からの要望で、既存の練習メニューの修正と新たなメニューを付け加えた練習を実施。また事前に、田辺と大元が医学部の試合映像を視聴し、気づいたことを指摘した。 - 3日目・4日目:
体育会部員が多く参加できたので、医学部要望で、体育会が普段行っている練習メニューを紹介し、体育会と医学部でゲーム形式の練習を行った。
また懇親会も開催され、バスケットボールにおいてはさることながら、部員同士の距離感も近づきとても有意義な四日間を過ごすことができた。
<所感>
4日間の練習を通して、医学部部員は非常に謙虚で礼儀正しく、ひたむきに練習に取り組んでいたことから、「塾生としてあるべき姿」を私たち体育会部員に教えて頂いた。
このような取り組み姿勢を見習い、今後も塾を代表するバスケットボール部として塾内外を問わずに良い見本とならなければならないと強く感じた。
当活動に対するコメント: 大谷部長
「医学部の部員には衝撃の4日間だった」と、医学部神山主将が目を輝かせながら言っていた。私にとっても、最高に楽しい時間だった。
体育会・医学部ともにお互い余り負担にならないよう、かつ「お互いに楽しい企画」にして行ければ、今後も継続しやすいと思う。
今回は記念すべき初回という事で、医学部新聞に投稿あるいは取材してもらう事を考えている。
(後日、医学部新聞に掲載された記事はこちら)
当活動に対するコメント: 企画委員会 松尾委員長
本件は、継続しなければ、両者にとって何のメリットもありません。また、単に一緒に練習するだけでは得るものありません。
お互いが普通であれば知り合うことができないグループのため、体育会にとっては、医学界で日本最高峰のひとつである慶應義塾大学医学部の学生と交流し、刺激を受け、人脈ができることは、現在から将来にわたって有形無形の価値があります。
このような関係つくりは、他大学では難しいでしょう。それは、医学部についても言えることです。
医学部部員が、他学部の学生との接点を持つことができ、かつ、関東1部リーグの学生と交流できることも大きな価値となります。
バスケットに関する技術面・体力面では体育会の学生が少しだけ優位かもしれませんが、あくまでも一つの側面でしかなく、バスケットにおいて優位ではありません。その点について、体育会の学生が決して勘違いせず、真摯に交流を続けていく中で、コラボレーションについての工夫を常に追求してください。
両者のメリットを理解しながら、相乗効果あげるようにしましょう。今後、普通に関係が継続し、自然に交友関係が続き、合同練習も続くレベルに行くためには、マネージャー・学生スタッフ諸氏の創意工夫と不断の努力が必要です。これは一貫校との関係継続も通じるものです。
堅苦しくもなく“楽しく”自然に関係を継続し、且つ バスケットの強化と他大学との違いをどう創出していくか?また、そのような他大学と違う利点を外部にどう発信するか?そして自分の成長にどうつなげるか、学生の中で考えて提案してください。
本塾ほど恵まれた環境はありませんし、やりがいがある所もありません。充分に活用しましょう。
関東大学 選手権大会
優勝5回
1950年6月27日 決勝対戦校:東京教育大
1951年7月01日 決勝対戦校:立教大
1960年6月26日 決勝対戦校:早稲田大
1969年6月22日 決勝対戦校:東京教育大
2009年5月31日 決勝対戦校:東海大
関東大学 リーグ戦
優勝4回
1950年12月11日
1951年11月5日
1959年10月11日
2004年10月24日
全日本大学選手権大会
優勝7回
1949年12月5日 決勝対戦校:西南学院大
1951年1月15日(50年度) 決勝対戦校:早稲田大
1951年12月8日 決勝対戦校:早稲田大
1957年12月5日 (決勝リーグ)
2004年12月5日 決勝対戦校:専修大
2008年12月7日 決勝対戦相手:国士舘大
> 名古屋市長賞盾
全日本総合選手権大会
優勝1回
1952年1月21日(51年度) 決勝対戦相手:立教大
創部以降
年月日 | 場所 | 内容 |
1924年 | 塾内愛好者が「慶應義塾籠球倶楽部」を設立し、東京YMCAで練習を開始 | |
1928年 | 全日本学生籠球連合へ加盟テストケースで8大学と対戦(1勝7敗) | |
1930年5月21・22日 | YMCA | 第1回関西大学定期戦:大学バスケットボール定期戦で2番目の歴史 |
1931年1月 | 塾体育会正式加入:初代部長フィッシャー(英国人:英会話教師として赴任) | |
1931年5月20日 | 初の国際試合:フィリピン聖 トーマスが来日し対戦(本塾37-78トーマス) | |
1940年6月23日 | 国民体育館 | 第1回早慶定期戦(本塾27-35早稲田) |
戦後以降
年月日 | 場所 | 内容 |
1946年6月28・29日 | 西宮 | 復員した部員が部を再建、6月には関西大学定期戦(関西遠征)も再開 |
1947年11月6日 | 明治大 | 第23回関東大学秋季リーグ戦:創部以来初の準優勝(7勝3敗) |
1949年12月5日 | 名古屋 | 第1回全日本学生選手権:初優勝(本塾66-36西南学院) |
1950年12月11日 | 明治大・国技館 | 第26回関東大学リーグ戦:初優勝(10勝0敗) |
1951年1月15日 | 国技館 | 第2回全日本学生選手権:連覇(本塾58-36早稲田) |
1951年11月5日 | 国技館 | 第27回関東大学リーグ戦:連覇(10勝0敗) |
1951年12月8日 | 国民体育館 | 第3回全日本学生選手権:3連覇(本塾66-45早稲田) |
1952年1月21日 | 国技館 | 第27回全日本総合選手権:初優勝(本塾55-54立教) |
1952年 | 女子部創部 | |
1952年8月 | 部歌「若きたましひ」制定(作詞:富田 正文・作曲:明本 京静) | |
1957年12月9日 | 早稲田 | 第9回全日本学生選手権:優勝(決勝リーグ)4回目 |
1959年10月11日 | 早稲田 | 第35回関東大学リーグ戦:優勝(10勝1敗)3回目 |
1959年11月29日 | 国民体育館 | 第11回全日本学生選手権:優勝(本塾71-67東京教育大)5回目 |
1964年10月4日 | 日本鉱業・成城 | 女子部:関東大学女子リーグ戦:2部優勝(10勝3敗)入替戦(対大妻女子)1部昇格 |
1976年10月2日 | 佼成学園 | 女子部:関東大学女子リーグ戦:2部優勝(9勝1敗)入替戦(対杉野女子)1部復帰 |
1977年11月27日 | 代々木第二体育館 | 第29回全日本学生選手権:4位(決勝リーグ)1969年以来8年ぶり |
1980年3月28日 | 日本工業倶楽部 | 創部50年記念式典開催 |
1980年6月15日 | 代々木第二体育館 | 第3回関東男子学生選手権:3位 1969年優勝以来の3位 |
1982年4月 | チームネーム:UNICORNS制定 | |
1983年11月 | 全日本学生選手権連続出場(第1回~34回)記録が途絶える | |
1987年10月 | 男女ともに関東リーグ2部復帰 |
平成以降
年月日 | 場所 | 内容 |
1990年12月 | 第42回全日本学生選手権出場:1982年以来8年ぶり | |
1991年 | 第67回関東大学リーグ戦:2部優勝9年ぶりに1部復帰 | |
1991年12月1日 | 第43回全日本学生選手権:5位 1977年4位以来の戦績 | |
1993年10月 | 第12回(通算69回)関東男子学生リーグ戦:8位・2部降格 | |
1997年 | 女子部:第1回関西大学定期戦 | |
1997年10月 | 8年ぶりに全日本学生選手権出場権を失う | |
1998年5月 | 女子部:第32回関東女子学生選手権:12年ぶりのBEST16(本塾65-106日本女子体育) | |
2003年11月6日 | 代々木第二体育館 | 第79回関東大学リーグ戦:2部準優勝・入替戦(対中央)11年ぶり1部復帰 |
2004年10月24日 | 代々木第二体育館他 | 第80回関東大学リーグ戦:優勝(12勝2敗)45年ぶり4回目 |
2004年12月5日 | 代々木第二体育館 | 第56回全日本学生選手権:優勝(本塾77-72専修)45年ぶり6回目 |
2005年6月26日 | 三田キャンパス北館 | 創部75年記念式典開催 |
2005年10月30日 | 代々木第二体育館他 | 第81回関東大学リーグ戦:7位・入替戦(対拓殖)1部残留 |
2005年12月17日 | 代々木第二体育館 | 第57回全日本学生選手権:6位(本塾83-86早稲田) |
2006年10月22日 | 代々木第二体育館他 | 第82回関東大学リーグ戦:準優勝(12勝2敗) |
2006年11月26日 | 代々木第二体育館 | 第58回全日本学生選手権:準優勝(本塾73-76東海) |
2007年1月5日 | 代々木第二体育館 | 第82回天皇杯全日本総合選手権:BEST8(本塾82-97東海) |
2008年8月11日 | 代々木第二体育館 | 第1回延世大学校定期戦(本塾79-82延世) |
2008年10月27日 | 代々木第二体育館 | 第84回関東大学リーグ戦:2部優勝・入替戦(対大東文化)1部復帰 |
2008年12月7日 | 代々木第二体育館 | 第60回全日本大学選手権:優勝(本塾104-73国士舘)7回目 |
2009年5月31日 | 代々木第二体育館 | 第58回関東大学選手権:優勝(本塾95-93東海)40年ぶり5回目 |
2009年7月25~30日 | ジャカルタ | エンジョイ ジャカルタ トーナメント:3位(東京都代表・参加8チーム) |
2009年11月1日 | 代々木第二体育館 | 第85回関東大学リーグ戦:準優勝(10勝4敗) |
2009年12月6日 | 大阪市中央体育館 | 第61回全日本大学選手権:準優勝(本塾85-95日本大) |
2010年10月31日 | 戸田市スポーツセンター | 第86回関東大学リーグ戦:準優勝(12勝6敗) |
2010年12月5日 | 代々木第二体育館 | 第62回全日本大学選手権:準優勝(本塾76-93青山学院) |
2012年7月1日 | 恵比寿ロビンズクラブ | 女子部:創部60年記念式典開催 |
2012年11月7日 | 代々木第二体育館 | 第88回関東大学リーグ戦2部8位・入替戦(対玉川大)2部残留 |
2013年11月6日 | 代々木第二体育館 | 第89回関東大学リーグ戦2部優勝・入替戦(対中央大)1部復帰 |
2014年11月30日 | 代々木第二体育館 | 第66回全日本大学選手権:8位(本塾69-77近畿) |
2014年12月11日 | 日吉会堂 | 第7回延世大学校定期戦:初勝利(本塾95-88延世) |
2015年10月25日 | 聖徳大学 | 女子部:第65回関東大学女子リーグ戦4部3位・入替戦(対流通経済)3部復帰 |
2016年6月25日 | 代々木第二体育館 | 第74回早慶定期戦(本塾79-65早稲田)37勝37敗6年ぶりに戦績五分へ |
2020年3月16日 | 日吉記念館 | 2年半にわたる建て替え工事を経て新・日吉記念館が竣工 |
2024年2月1日 | ー | 「一般社団法人慶應バスケットボール倶楽部」の設立 |
1975~99年の足跡
2005年のバスケットボール部創部75周年を記念して、1975~1999年の足跡の記録を作成しました。
ボタンをクリックすると、すべてのデータを1つにまとめたPDFファイルが別ウィンドウで開きます。各代男子2ページ、女子2ページの4ページ構成になっています。
創部50年史『50 years』
体育会バスケットボール部創部50年を記念して、1980(昭和55)年にバスケットボール三田会が製作した記念誌のPDFです。
『50 years』 | |
表紙・目次 | |
発刊にあたって | |
1章:部発足、体育会に加盟 | |
2章: 早慶定期戦開始。そして戦争へ | |
3章: 終戦、混乱のなかから全日本優勝 | |
第一部 第二部 | |
4章: 伝統を継いで、再び学生の王座に | |
第一部 第二部 | |
5章: 70年代から80年代へ、栄光をめざして | |
第一部 第二部 | |
6章: 一部をめざして。大学女子 | |
7章: 高等学校日吉高・志木高・女子高 | |
資料(大学男子・女子戦績/名簿/奥付) |
一
我等が若き魂の
光と影を
彩として
往く春秋の
闘いに
鎧なれたる
ユニフォーム
今ぞ讃えん
慶應 慶應 慶應
フレ フレ
時ぞ今
二
我等が若き魂の
雄叫びあげて
立つところ
上がるや
天の龍巻きの
珠を抱ける
意気と熱
今ぞ示さん
慶應 慶應 慶應
フレ フレ
時ぞ今
三
我等が若き魂の
命の祭り
華やかに
歴史を担う
勝鬨を
丘の精魂に
響かせて
今ぞ歌わん
慶應 慶應 慶應
フレ フレ
時ぞ今
楽譜
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