二ノ宮康平(2011年 / プロ・越谷アルファーズ)

インタビュー実施日:2023年6月22日(木)

原:2019年卒、バスケットボール部OBの原と申します。本日はよろしくお願いいたします!早速ですが自己紹介を含め、現在のお仕事について教えてください。

二ノ宮:2011年卒、二ノ宮康平です。今は越谷アルファーズでBリーグの選手として活動させていただいています。越谷アルファーズに行き着くまでに、トヨタ自動車アルバルク、琉球、滋賀、茨城、越谷と色々なチームを経験させていただきました。

僕は少し特殊でトヨタアルバルクへ入団の際は正社員契約でトヨタに入社しました。業務がバスケでトヨタアルバルクでは6年間プレーしました。

実は、本当に特殊なんですけどまだトヨタの仕事は辞めていないんです。

原:そうだったんですか?!

二ノ宮:本当に特殊なので記事にしても理解し辛いかもしれないんですけど、(当時)トヨタの正社員で入って業務がバスケ、Bリーグ1年目(2016年)はまだアルバルクにいて、Bリーグ2年目からトヨタに社員として籍を残しながら(プロ選手としては)移籍をさせてもらうすごく特別な待遇を受けられたんですよ。

形式としては出向という形で琉球、滋賀、茨城に行かせてもらい、茨城が終わったあたりでそろそろ社業に戻りなさいという話があったんです。そこで一時は引退して社業に励もうと思ったんですけど、越谷アルファーズというこれもまた特殊なチームがあって。(越谷アルファーズは)実業団の元大塚商会のチームで今も元大塚商会の社員が数名在籍しているんですよ。社員をやりながらバスケをやれる道を探っていた中、そういったチームがあるということを知ってもしかしたらまだバスケができるかもしれないと思い、色々な方とお話をする中で越谷でバスケができることになりました。

ですので、今は働きながらB2でバスケをやっているという状況になります。世間的にはBリーグの選手とみられているけど、本当は主な仕事はトヨタの社業、プライベートでB2のバスケの選手をやっているという状況です。

こういうの記事にするの難しくないですか?(笑)

原:そうですね。(笑)想定外の状況ではありました、、!

二ノ宮:そうですよね。(笑)社会人になってバスケをやる時は社員選手とプロ選手という選択肢が2つあった時代だったんですよ。その時はBリーグができることは想像もしていなかったし、5年くらいバスケができたらいいかなと思っていたので正社員を選択したんです。その後、Bリーグも立ち上がりチーム数も増えたことで受け皿も増え、まだまだやりたいという気持ちが続いて今に至っていますね。

言ってしまえば社員選手の生き残りのような存在です。確か社員選手は4人くらいいてその中の1人という位置付けになっています。

写真提供:越谷アルファーズ

原:若手の選手で企業の社員として働きながらプロ選手として活動している例はないのですか?

二ノ宮:そうですね。若手にはもういないと思います。B3リーグの選手などはアルバイトなどもしながらプレーしている人はいるだろうけど、正社員契約でプレーしているのは越谷アルファーズ(大塚商会社員)の数名と僕くらいだと思います。

原:すでに興味深い内容が多い状況ですが、ここからは学生当時の話をお聞きできればと思います。二ノ宮さんが慶應大に進学を決めた、慶應大バスケ部に入部しようと考えたきっかけは何ですか?

二ノ宮:まず、それなりに強い学校にいきたいというのがありました。あとは同期の岩下(2011年卒)が誘ってくれたことが大きなきっかけでしたね。

1年生の頃から出られそうな環境が良いと思う中で候補を出していた中、たまたま岩下(2011年卒)と東京国体で一緒だった時に僕が迷っている姿を見て、一緒に慶應を強くしようよという誘いを受けたんです。正直、入る前まで慶應への憧れのようなものは僕にはなかったんですよ。高校までバスケしかやってこなかった生活だったのでバスケ中心で考えていて。ただ、岩下の姿や話の中でバスケ以外の魅力があることとかも伝えてもらって、今まで自分が見ていた狭い世界ではなく、もっと広い世界も価値観も感じられる大学なのだろうと思い、受験をしようと決めました。

原:高校時代から周囲の選手と一緒に慶應を強くしようという話があったのですね。

二ノ宮:そうですね。他にも筑波や早稲田、青山学院、その時強かったところに行こうと思っていたんですけど、当時の岩下の説得に何か気になるところがあったのかもしれないと思いますね。慶應には他の大学とは違う部分があったので。例えば、他の大学は特待や推薦メンバーで構成されているけど、慶應は誰でも入れる環境であり、全員で作り上げるチームだということは入部前から聞いていました。そういった周囲の大学と異なる点も魅力の一つだったと思います。

原:二ノ宮さんは学生当時に加え、社会人になってからも10年以上バスケットボールを続けられていますが、そのモチベーションはどこから生まれてきているのでしょうか?

二ノ宮:単純にまずはバスケが好きだからというのが根本にありますね。それこそ先程バスケしかやってこなかったと言ったんですけど、だからこそ色々な出会いがあったとも思っているんです。自分の人格や交友関係などはバスケがあったおかげで作り上げられていったと今でも思っています。

高校まではバスケばかりで視野が狭い人間だったと自分でも思うんですけど、慶應に入ったことで色々な人がいるのだなと感じることができました。他の大学に行ったらおそらく自分と似たようなバスケばかりの人たちだけと関わることになっていたと思うんですけど、慶應のバスケ部には内部生もいるし、地方からも色々な価値観を持った人が入部してきて、ある種僕の中ではカルチャーショックみたいなものを感じたんです。世の中にはこんなすごい考え方の人がいるのかという機会や、新鮮な人付き合いというのも大学で格段に増えました。卒業してからも色々な社会人の方と接する中で、大学で色々な考えを持つ特殊な方と接してきたことがためになっていたのだなと社会人になってから思うことが増えましたね。

そういった意味でも単純にバスケが好きでやりたいということや、バスケを通じて新たな繋がりや価値観に触れられるきっかけがあると思えていることがバスケを続けるモチベーションに繋がっていると思います。もはや生活の一部であるのでモチベーションと言われると少し難しいですね。(笑)

原:アバウトな質問で申し訳ございません。(笑)例えば、これまでのバスケット人生の中でもう辞めたい。バスケットボールはもういいと考える機会はなかったのですか?

二ノ宮:それで言うと、トヨタに入団してから3年間なかなか試合に出ることができなかったんですね。先輩達が経験もあり上手い選手が多くて。その時はまだBリーグができるなんてことも知らず移籍という選択肢もない中、「自分のレベルはここまでなのかな。」という挫折を感じていました。そこでもうやれても数年かな、辞めようかなと考える機会はありました。

でもそこで辞めなかった理由は、根本の部分でバスケが好きだという想いがあったので結局はそれがモチベーションだったのだと思います。バスケをすることによって人間関係が豊かになっていくこと、バスケを通じて人と出会うということが僕の中での1番のモチベーションであると思います。

原:今のお話をお聞きしていても二ノ宮さんの中でバスケが人生を豊かにするツールの一つになっているのだろうという点と、改めてバスケがお好きなのだなということを感じました。

次の質問で大学での経験が現在にどのように活きているかということをお聞きしようとしていたのですが、その答えがまさに今のお話の中(様々な価値観や考え方の人との出会い、それらの人と切磋琢磨して目標達成を目指すこと)にありましたね。

ここまでの話を踏まえて学生の視点から、現役部員である神吉さん、江畑さんに質問をしてもらいたいと思うのですがいかがですか?

神吉:ありがとうございます。慶應を選ばれたというところのお話で岩下さん(2011年卒)とは高校時代から深い交友関係があったのですか?

二ノ宮:そうですね、高校2年、3年時の国体で岩下と同じチームになり、そこから仲良くはなりましたね。

神吉:それまでは全然仲が良いというわけではなかったけど、国体を通じて仲良くなり、大学進学についても誘ってもらい入部しようと思われたんですね!

二ノ宮:岩下自身は高校から本格的にバスケを初めて、あいつはバスケを始めた時から日本代表候補みたいなやつだったので。(笑)交友関係としては高校2年生の時くらいからですね。

神吉:ありがとうございます!

江畑:大学に入る前までは慶應バスケ部はみんなで作り上げていくようなチームだというお話がありましたが、実際に入部してみてからはどのような印象を受けましたか?

二ノ宮:正直、実際に入ってみた方が、より学生主体でやらなきゃいけないのだと思いました。僕がいた当時は佐々木先生というコーチがいたんですけど、もっとガッチリ指導されると思っていたんですけど、なんというか、想像していた以上に大変というのはありましたね。学生主体でやる大変さは入る前はわからなかったので、入る前のイメージが甘かったというのはあるんですけど、入ってみないとわからない大変さもあり、その中で感じられる面白さもあるというのは入ってみないとわからないなと今振り返ると思いますね。

他のチームだとある程度決まったことをコーチから指示されてやるだけだった印象があったので、より特殊だと思いましたね。部員も特待じゃない人も多いし、正直言い方は少し悪いかもしれないけどバスケのレベルが低い選手や初心者に近いような人もいたんです。その中で全員で同じメニューをこなして、その上で誰1人取り残さないで日本一を取りに行くんだというチームを作る難しさがあったと思いますね。

写真提供:BOJ

江畑:ありがとうございます!

原:まさに今のお話の延長線上の話になるかもしれないのですが、2年生の時にインカレ優勝を経験された一方で、早慶戦という大舞台もあったと思うのですが、二ノ宮さんの中で早慶戦とはどのようなものだったのですか?

二ノ宮:人それぞれ早慶戦に対する考え方はあると思うんですけど、僕は正直入部するまで早慶戦の存在も知らなかったんですよ。本当に慶應のこともあまり知らなかったので。1年生の時は周りの人が早慶戦は大事だとよく言っていたけど、どれだけ大事な試合なのかその意味がわかっていなかったですね。

色々なOBの方の想いや周囲のメンバーの想いも知る機会が段々増えてきて、学年が上がるにつれてその重みが伝わってきていたので、早慶戦の大切さは年々高まったと思いますね。ですので、僕の中での早慶戦は、学年が上がるにつれて特別な試合になっていくような存在でしたね。

それに加えてインカレについてはバスケをやっているからには日本一になりたいというのが昔からあったので、そこは中学、高校と変わらないモチベーションで臨んでいました。

ただ、先ほども伝えたように慶應はバスケのレベル差が激しい中、どう全員が同じ方向に進んでいく環境を作っていくかという難しさを感じながら日本一、インカレに向けて頑張っていましたね。

原:早慶戦についての話は私も外部出身で同じような印象を抱いていたので、二ノ宮さんもそのように感じられていたと聞いてとても新鮮な気持ちになりました。(笑)

二ノ宮:(笑)

原:それでは最後に、現在入部を考えている高校生に向けてメッセージをよろしくお願いします。

二ノ宮:改めて、慶應バスケ部に入ることで視野が広がると思います。普通なかなか接することができないような方と接することができ、縦にも横にも色々な繋がりができていくと思います。社会人になってからもどの地域にもある三田会(慶應出身の有志が自発的に集い、運営している同窓会組織)との繋がりを再認識してきました。

バスケを頑張ってBリーガーになりたいという人もそうでない人も、慶應に入ることでその先の選択肢がとても広がっていくと思います。慶應に入り、バスケ部に入部するということでこれからの皆さんの人生にとっても貴重な経験を積んでいくことができると思うので、是非入部を検討していただければと思います!

原:以上でインタビューを終了とさせていただきます。今日はありがとうございました!