ラストブログ 泉友樹雄

チームに必要な存在とは

はじめに

誠に僭越ながら自己紹介をさせていただきます。

私、本年度慶應義塾大学経済学部4年ならびに体育会バスケットボール部所属の泉友樹雄と申します。

早いもので引退から約1ヶ月がすぎました。

小学校3年生から14年間続けたバスケ中心の生活が終わり、味気のない非常につまらない時間を過ごしています。

私は前回のブログリレーで大学4年間を振り返ったものを書かせていただきました。

私の4年間のほとんどを書いてしまったため、正直ネタ切れです。

非常に困っています。

ですので思ったことをそのまま書かせていただきます。

どうかお付き合いください。

慶應バスケとの出会い

私は高校を選ぶ際に、勉強もバスケもレベルの高いところに身をおきたいと思っていました。

兄の公式戦を応援しに行った時、慶應志木のバスケを見てレベルが高く、この人とバスケがしたいと思える人に出会いました。

また、中学時代から憧れていた一つ上の先輩も慶應志木にいるということで、それから慶應志木でバスケがしたいという熱が湧き上がりました。

慶應志木は勉強のレベルが非常に高く、自分は全く合格のレベルに達していませんでした。しかし、慶應志木でバスケがしたいという単純な思いだけで必死に勉強し続けました。

努力が実りなんとか一般入試で合格することができ、バスケットボール部に入部しました。

入学後1年生ながら練習試合などにも出させていただき、入学して最初の大会でユニフォームをいただいた時は非常に嬉しかったです。

ただそれ以上に加藤さん(2018年卒)に言われた「宇野(2019 年卒)がベンチに入っていないことをよく考えろ」という言葉がとても印象的でした。

当時の私は自分の方が上手いから当たり前だろ、と今考えるととても恥ずかしい事を思っていました。

チームの中で

「試合に出れない選手が必死にボールを追いかけているのに、試合に出る選手がボールを追いかけないわけにはいかない。試合に出る選手にはその責任がある。」

という考え方がバスケ部には浸透していました。

それを1番に体現していたのが宇野さんだったのです。

宇野さんのブログにもあるように

“上手い人より、1秒でも早く動く、1秒、1cmきついことをする、そう考えてがむしゃらに動きました。シュートで敵わなかったら、技術より気持ちが大事なリバウンドやルーズボールに徹しよう。そう考えてがむしゃらにコートを走り、飛び込みまくりした。努力は裏切らないと言いますが、考えない努力には裏切られます。”

こういう考え方を宇野さんだけでなく先輩方全員が持っていて、試合に出ているメンバーにプレッシャーと危機感を持たせようと必死に練習に取り組んでいました。

しかし入部して間もない私はチームについていくのに必死で自分以外に目を向けられず、ただがむしゃらにバスケをしていました。

余裕ができて周りに視野を広くしてみると、試合に出れない先輩方が必死に努力していて、練習中でもがむしゃらにボールを追いかける姿を目にしました。

この時、加藤さんのあの言葉の意味と重みを理解しました。

試合に出れていることのありがたさ、責任感を感じ、チームを代表して出ている以上、何事にも全力で、自分のためでなく先輩方のために頑張ろうと思うようになりました。

バスケの面白さとチームスポーツの良さを感じた高校バスケだったと思います。

例え自分が試合に出られずとも、何かしらの形でチームに貢献するという考え方は高校時代に教えていただいたものです。

私のバスケットボールの原点はここにあります。

慶應志木を目指すきっかけとなった志木高の先輩方。(ここにはいない金子さん、山本さん、陸さんも)

大学バスケ

大学でバスケ部に入部した直後、私は衝撃を受けました。

試合に出ているメンバー、高校時代に全国大会に出場した先輩方、全国優勝を経験している人たちが誰よりも努力していました。

いままで私がしてきたものを「努力」と言うのが恥ずかしいほど

自分を追い込みただひたすらにバスケに打ち込んでいました。

こういう人たちに囲まれていたからこそ私は、例え試合に出れなくともチームのために尽くし、何かしらの形でチームに貢献しようと考え流ことができました。

スタッフでいる時も、怪我をしていてプレーができない時も、Bチームにいる時も

その時その時で自分にできる事を探し最大限に努力してきました。

そんな日々を過ごしていたある日、こんな言葉に出会いました。

「goodはgreatの敵である」

良好、良い状態であることに満足していたら決して偉大にはなれない。

この言葉を先輩から教えていただいた時にとても深い言葉だと感じました。

私はチームに貢献することで満足していました。

怪我をしていた時期には、スカウティング班としてできることを探しました。

もちろんそのときに自分ができることを、最大限の力を尽くしてきました。

そうすることでチームに貢献できていたと私は思っていたのです。

私はそこで満足していた。

ある時自分が目指すところはそこで良いのかと考えるようになりました。

おこがましいことではあるかもしれないが、「チームに貢献している」でなく

チームに必要な存在になりたいと。

それからまた自分がチームにもたらすことができるのは何か。

自分にしかできないことは何か。

必死に考え模索し続けました。

同期は、特に自分以外のプレーヤーの3人はチームに欠かせない存在となっていました。

だからこそ3年生のシーズンは個人的にとても苦しかったのかもしれません。

自分も同じようにチームに欠かせない存在となりたいと。

これは最後のリーグ戦中もずっと考えていました。

しかしこの気持ちが空回りしていた気がします。

純(4年・総合政策)、淳貴(4年・環境情報)、工藤(4年・法学政治)は4年生になる前から試合に出て経験を積み、

チームに欠かせない存在としてプレーしていました。

その3人にどこか置いていかれたような感覚を持っていました。

リーグ戦中も試合に出させていただいていましたが

正直自分は出ない方がいいんじゃないか、

あんなにも試合に出たい、純、淳貴、工藤と肩を並べたいと思っていたのに

試合に出ることが怖いと思ったこともありました。

チームとしても結果が出ず、降格がかかった試合で初めてスターティングメンバーとして試合に出せせていただきました。

4年生としての意地を見せるどころか、やはり気持ちが空回りして何もできないまま試合が終わったのを覚えています。

苦しんだ末の

そしてリーグ最終戦。

自分だけでなく4年生のほとんどがバスケ人生で最後の試合になるかもしれない。

絶対に勝ちたいと思っていました。

この試合もスターティングメンバーとして出させていただき、3Qまでお互いに譲らない試合展開でした。

4Q残り5分で10点離れた時は正直負けたと思いました。

自分がスタートとして出させてもらった試合で一つも結果を残せず終わってしまうと思っていました。

4年生として自分は最後まで何も残すことができないのかと。

しかしそこから4年生の意地で逆転しさらに点差が離れていく。

試合中は涙を堪えるのに必死でした。

最後まで自分がチームに欠かせない存在になれたかは分からない。

ただこの時は正直どうでも良くて、

憧れ続けたユニフォーム。

いつもベンチから応援することしかできず、いつか一緒にコートに立って戦いたいという想い。

そうした想いが叶い、試合に勝つことができる。

あの時の時間、一分一秒が本当に楽しくて、こんなにも終わって欲しくないと思った試合は初めてでした。

本当に同期のプレーヤーと肩を並べコートに立った時は、胸にこみ上げてくるものがありました。

意外と他の3人は特に気にしなかったですとあっさりしていましたが(笑)

同期のみんなへ

本当に同期には感謝してもしきれません。

正直、私が1番同期の中で迷惑をかけたと思っています。

自分は大学4年間、本当に苦しかったです。

その苦しさを周りにぶつけ迷惑をかけたかもしれない。

でもそれを正面から受け入れてくれた同期がいたからこそ今の自分がいると思っています。

特に工藤はぼくにとってとても大きな存在でした。

同じ内部校出身の選手としてお互いに切磋琢磨してきました。

試合後に体育館に行き2人でシューティングしたり、一緒にウエイトトレーニングをしたり、本当にお互いが良い影響を与えていたのではないかと思います。

入部したときに2人で「自分が試合に出れるとは思っていない。もちろん選手として努力するし、例えスタッフになったとしてもチームに尽くして頑張る。自分に才能がないのはわかっている。だから人一倍努力しなければいけない。必死に食らいついていこう。」と話していたのを覚えています。

私は3年時、チームの勝利を素直に喜ぶことができなかったし、応援もできていなかったかもしれません。

でも、Bチームとして練習してきたからこそ辛さや葛藤を理解しているし、工藤のこうした思いや人並外れた努力をそばで見てきたから、工藤の活躍を喜ぶことができました。

そして何よりも自分のことを1番認めてくれている気がしていました。

お前はもっとできるだろうと信用してくれていて、それが1番嬉しかったし、自分の活力の一つになったのは間違いありません。

工藤がいなかったら私はここまで体育会で頑張ることができなかったと思います。

すべての人に感謝

終わりに

私の14年間のバスケ人生に関わってくれたすべての人に感謝したいと思います。

特に大学4年間でお世話になった方々には感謝してもしきれません。

当たり前のことですが、人は1人では生きていけないんだと。

それをバスケを通して強く実感しました。

辛いこと、苦しいこと沢山ありました。

練習だって死ぬほど苦しかったし何度も投げ出したくなりました。

それでも支えてくれる仲間がいたから乗り越えられたし、成長することができました。

楽しいこと、嬉しいことも沢山ありました。

それは決して1人では味わうことのなかった経験です。

そして、それを共有できたからこそ真に喜びを感じられたのではないかと思います。

こんなにも人を成長させ、多くの人に感動を与え、すばらしい仲間に出会わせてくれた

バスケって最高のスポーツだなと感じました。

慶應バスケに出会い、バスケを通して学んだこと、経験したこと、

尊敬する先輩に出会えたこと、誇りを持てる後輩に出会えたこと

そして最高の同期に出会えたこと。

これら全てが私の一生の財産です。

次回は片桐俊哉(4年生)です!乞うご期待ください!