「バトン」
はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学経済学部経済学科4年、並びに慶應義塾体育会バスケットボール部で主務を務めておりました、田中健斗と申します。
つい先日先輩たちの引退ブログの校閲をした気がしますが、あっという間に自分がブログを書く番になりました。先輩のありえない誤字脱字に文句を言っていた自分が、いざ後輩にチェックされると思うと、なかなか筆が進みません。(笑)
高校生の頃から先輩方の引退ブログは必ず読んでおり、たくさんの方の想いを胸に現役部員として活動してまいりました。また、他部活の友人をはじめ、話したこともない人の引退ブログを読み漁り、同じ体育会生の部活に対する熱い想いに触れ、部活を頑張る原動力になっていました。
このブログを読んでくれた誰かが、少しでも前向きな気持ちになってくれるよう祈りつつ、部活を通じて感じたことを綴りたいと思います。拙い文章ではございますが、ぜひご一読いただけますと幸いです。
引退
本ブログ執筆時点で、11月3日の学習院大学戦をもって引退してから約1ヶ月が経過しました。課外活動や、久しく会えていなかった友人との食事など、おかげさまでなんだかんだ充実した日々を送れています。ただ、やはり心にぽっかりと大きな穴が空いたような、そんな感情に覆われています。
いまだに、後輩たちがシューティングしている姿をSNSで見て、「自分もリバウンド行かなきゃ」と焦ってしまうし、マネージャーの共有アドレスに来たメールをすぐ開いてしまうし、意味をなさないくらいに多すぎるLINEのピン留めはまだ解除できずにいます。「へい」と入力すると「平素より大変お世話になっております。」と予測変換されるキーボードはそのままにします。
心のどこかで、「部活を引退した」という事実を認めたくないのかもしれません。まだ、後悔があるのかもしれません。普段はあまり自己開示しないタイプの人間ですが、そんな自分の感情を、今日だけは振り返ってみたいと思います。
慶應バスケ人生
以前のブログでも触れているため、簡単にですが振り返らせてください。
中学からバスケを始め、中高6年間は選手としてバスケットボールに情熱を注いでおりました。慶應義塾普通部(以下、普通部)、慶應義塾高等学校(以下、塾高)のバスケ部での6年間が今の自分を形成していると思います。
普通部を卒業し、塾高に進学しても、迷わずバスケ部に入部しました。ただ驚くべきことに、普通部バスケ部の同期で、バスケを続けたのは私ただ1人でした。
塾高バスケ部は朝練や日常生活など、高校内でもトップクラスに厳しい部活でした。ドロッパーズ(一斉退部した元同期達、仲良いです!)をはじめ、様々な理由で、同期がほとんど退部していきました。まさか同期が4人になるなんて、入部当初は思ってもいませんでした。
高校進学時と、高校2年生に上がるタイミングで、多くの友人が、バスケットボールの事は好きなのに、バスケットボールを辞める決断をしました。この事実が自分は理解できなかったし、悲しかった。だからあいつらの分も、今でもバスケに携わり続けているのかもしれません。
慶應バスケの魅力
ここでは、大好きなチームについて語らせてください。
「慶應のバスケットボールってなんだろう?」
考える機会が多かったし、OBの方とも話す機会がありました。自分が考える慶應バスケは、やはり「ディフェンス・リバウンド・ルーズボール」でしょうか。他大学に比べ、出身校のネームや実力が劣る中で戦っていくためには、そのような泥臭さが必要である。僕はそう信じているし、現役部員全員が理解していることだと思います。
(この哲学が一貫校まで完全に浸透した時、「慶應バスケ」がより1つになるのだろう、と考えています。)
僕は、そんな泥臭い姿に魅了され、慶應バスケ部が好きなのだと思います。
(↑ルーズボールが一番盛り上がります。)
「なんで田中さんはそんなにチームのことが好きなんですか?」
とある日の練習帰り、たまたま一緒にいた1年生マネージャーに聞かれました。(多分本人は覚えていないと思うし、急に面白いことを聞いてくるなと驚きました。)
その時、上手く返せなかったですが、今でははっきりと答えがあります。
「慶應バスケのカルチャーと、人が好きだから。」
今なら迷わずそう答えます。1つ目は、先述の通りなので割愛します。
現役時代、どうしてこんなに人に恵まれているんだろう、と思うことが本当に多かったです。自分は慶應義塾の他部活や、他大学のバスケ部に友人がそこそこいるので、彼らから話を聞くたびにそう感じていました。
とにかく学生ファーストで動いてくださり、暖かい応援、支援をしてくださるOBの皆様。大学生とも対等に接してくださる監督・コーチの皆様。途中入部の自分を暖かく受け入れてくださった先輩方。舐めてる後輩たち。そして仲が良すぎて大好きな同期。
誰一人として嫌な人はいないし、素晴らしい組織だなと心から思います。
きっと今までの歴史やチームのカルチャーが、そうさせているのだと思います。大学生になってもバスケットボールに学生生活を捧げるような、真面目でアツい人たちばかりだから、素敵な人が集まる組織なんだと思います。だから僕はこのチームが好きだったし、ラストイヤーは、より良い組織にしていきたいと悩み抜いた1年間でした。(自分たちの代の葛藤は、同期の誰かがきっと書いてくれるので、ここでは省略します!)
学生スタッフとして
内部生として中高6年間憧れ続けた慶應義塾体育会バスケットボール部に、スタッフとして1年遅れで入部しました。憧れとのギャップもあったし、抱いていた暗いイメージに反して居心地の良い組織だという気づきもありました。
入部を考えてくれている中高生に対して、「絶対全員入った方がいい!」と断言することはしません。自分たちの引退ブログを読んで、少しでも魅力を感じたら、ぜひ門を叩いてみてほしいなと思っています。
自分の体育会バスケ部生活を振り返り、大好きな後輩たちに、未来の後輩たちに、バトンを託すとするならば、学生スタッフとしてのプライドについて語らせてください。
「なんでスタッフなの?」「プレーしたくならないの?」
友人から、就活の面接官から、死ぬほど聞かれました。
答えは明確で、「チームの勝利のため」です。(もちろん、たまにはバスケしてます!笑)
学生スタッフと言っても、マネージャー・コーチ・広報・トレーナーなど、多くの役割があります。オフコート、練習中、試合中にそれぞれ役割があり、その役割を、選手ではない立場の人間(=スタッフ)が必死に取り組んでいることは、必ず勝利に近づいていると断言できます。
わかりにくいのでマネージャーを例に具体化していきます。
大学の部活ともなると、「雑務」の規模も大きいです。人生で目にしたことのないような金額の資金管理、大学や体育会とのやりとり、日頃より支援してくださっているOBの方々との打ち合わせ、監督コーチとのスケジュール調整、練習場所確保、、、書ききれないほどの業務があります。(学生コーチなど、他の学生スタッフにも同様にタスクがあります。)
これを、選手に担当してもらうのと、試合に出ない部員が担当するの、どちらが勝利に近いかは自明ですよね。選手に、バスケットに集中してもらうことこそが、スタッフの存在意義の1つだと考えます。
さらに、プレーをしない立場だからこそ、「チームのために自分にできることはないか?」常に考える義務があるし、価値を発揮していく必要があります。そうじゃないと、「所属しているだけ」或いは「雑用してるだけ」になってしまうから。
スタッフは試合に出場しません。当たり前だけど、得点できないし、ディフェンスできないし、リバウンドも取れません。だから、プレー以外の役割を必死に遂行し、チームをより良くするために何ができるか考え行動し続け、あとはチームメイトを信じるのです。
スタッフは、選手をバスケに集中させることが存在意義だ、と書きました。
でも、「選手のために」がゴールではなく、「チームの勝利のために」がゴールだと思います。選手は全力でバスケットボールに取り組み、体のケアをし、試合で体を張ります。同じように、スタッフは毎日pcで作業し、練習メニューを考え、テーピングを巻き、それをSNS等で発信します。
どちらも、「慶應バスケ部の勝利のため」であるので、「スタッフ=裏方」は少し違うのかもしれません。そんな変なプライドを持ってpcをカタカタしていました。
これを読んでいる、大学スポーツのスタッフをしている誰かへ。スタッフとしての部活人生は燃え尽きたので、誰かにバトンを託します。
残念なことに、過去の話や他部活、他大学の話を聞くと、選手→スタッフの態度に問題があるチームが存在しているように感じます。自分のやっている仕事に本気なのであれば、誇りを持って、これくらい図々しく、プライドを持ってください。本気で取り組んでいれば、必ず理解されるし成長できると思います。
感謝
感謝しても仕切れないみなさんに、この場を借りて感謝の気持ちを表明させていただきます。
指導者の方々
自分の今があるのは、バスケを通じて指導してくださった皆様のおかげだと思います。バスケを好きになり、母校でバスケを教えたいと思わせてくれた諸橋さん、本当に恩師です。
OB OGの皆様
幹事会をはじめ、主務という役職のおかげで沢山のOB OGの方々とお話しする機会がありました。三田会による法人の設立や会計、早慶戦など多くの場面で本当にお世話になりました。全員かっこよくて、目標です。これからはOBとして、皆様とチームに恩返ししていきたいと考えておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
先輩方
みんな親しみやすくて大好きな先輩たちでした。入部直後は、途中入部の自分を気にかけてくれたJappyさん(蛇谷幸紀・2023年卒)、渓さん(藤島渓・2024年卒)に特に救われたことをよく覚えています。そして、自分を体育会に何度も誘ってくれて、入部後自分を育ててくれた林さん(林駿佑・2024年卒)にはどんな形で感謝したらいいのかわかりません。二人三脚というか、人生のメンターというか、とにかく楽しかったですし心から尊敬するマイメンです。
後輩
きっとみんななら、今年を大きく超える結果を残してくれると思います。本当に楽しみでしかないです、期待してます。3、4年全体でも、仲良しの奴らも、縦割りも、そうじゃない人も、早く飲みにいきましょう(20歳以上)
他大学の友人・慶應の他部活の友人
みんなのおかげで頑張れました。いろんな人と関われて本当楽しかったです。主務界隈は特にありがとう。あと石井はこれからもよろしく。
LEAP同期
全員心から尊敬してます。みんなの頑張りに動機付けされてます。いつもありがとう。
家族
10年もの間、バスケ漬けの生活をさせてくれてありがとう。田中家だけ全然試合を観に来ないで有名だったけど、最終戦は両親で来てくれて嬉しかったです。そそくさと帰ってたけど。特に早朝から弁当を作ってくれた高校時代は本当に迷惑をかけました。これからもよろしく。
同期へ
一生よろしくお願いします。最も辛かったであろう1年生の時間を、自分も一緒に過ごしたかった、これだけは今でも強く思ってます。OB会費ちゃんと払う代になろうね。
最後に
早慶戦で丘の上を歌えなかったし、思っていたより数日、引退が早かった。
「やり残したことがない」だなんて格好いい事は言えないし、まだ慶應バスケ部の現役部員として活動したい。まだやれる事があった、と思ってしまう時もありますが、間違っていたとは一切思いません。
自分たちの哲学である主体性を中心としたチーム作りは、難しかったけど正しかったと思うし、泰我をキャプテンにしてよかった。色々と変革に着手した1年だったと思うけど、「今年のチームを正解にしたい」、そして「泰我を正解にしたい」と思って1年間活動してきたので、その想いだけはなんとか達成できたのかなと思います。
本ブログ執筆にあたり、ふと山口さん(山口智大・2024年卒)の引退ブログを読み返しました。彼のアツすぎる想いが書かれたブログの最後には、「自分たちはヒーローになれたか?」「その答えがわかるのは来春で、入部希望者激増の知らせが来ることが楽しみ」という旨が書いてありました。
このフレーズを目にした瞬間、なんとも言い表せないような熱い気持ちになりました。なぜならば、今年の春、19人だったチーム2024は、1年生が22人も加入してくれて、合計41人まで部員数が増えたからです。山口さん、部員激増したよ。先輩たちはまさにヒーローでした。
こうやって、先輩方の努力、思いがバトンとして受け継がれ、強いチームになっていくのだと思います。果たして僕らの代はヒーローになれたのでしょうか?
敢えて高い壁にします。来年の夏、後輩たちが満員の代々木第二で早稲田に勝利する姿を見て、初めて嬉し涙を流した時、その答え合わせができると思います。楽しみです。
大変長くなってしまいましたが、拙い文章に最後までお付き合いいただきありがとうございました。今後とも、慶應義塾体育会バスケットボール部への熱い応援をよろしくお願いいたします。
来年は必ずもっと笑っててください!