
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。今年度体育会バスケットボール部で主将を務めさせていただきました、廣政遼馬と申します。
平素より弊部へのご支援とご声援を受け賜わりまして誠にありがとうございました。
4年間と長いようであっという間の期間をいざ言葉にするようになった時には、どうしても手が止まってしまいました。とにかく濃い4年間でした。少しでも4年間について、また恐縮ではありますが、私自身について知っていただく機会になればと思います。また、これを読んだ高校生が慶應バスケ部に興味を持つきっかけになればこれ以上嬉しいことはありません。
今回のブログは三段階で構成しています。
1. 自身のバスケ人生の振り返り
2. 4年目の困難と学び
3. 感謝
私のことをご存知の方は、私の話が長いことを知っているかと思いますが、あと1回だけお付き合いいただけますと幸いです。拙い文章ではございますが、最後までお読みいただけますと嬉しいです。
1. 自身のバスケ人生の振り返り
私は、アメリカで生まれ育ちましたが、最初は全くスポーツに興味がありませんでした。バスケとの出会いは兄が小学校の校庭でバスケをしに行くと言った時です。私は当たり前のように兄についていきました。何度やっても負ける兄の存在は私にとって憧れの存在となりました。兄がやることは何でもする、そのような面倒な弟でした。私のバスケ人生は父を合わせて3人での校庭から地域のバスケチームへと移り変わりました。ボールがゴールに入る音、ブザーの音、何から何まで大好きでした。
しかし私にとってバスケが単なるスポーツでなく特別な存在となったのは、人生で最大の転機の時です。小学5年生の時に親の仕事の影響で日本に引っ越すことになりました。当時は何もかもマイナスに捉え、絶望感を感じていました。日本に引っ越し、言語もまともに通じない環境でした。そこには家族とバスケの2つの存在しかありませんでした。当時はただただ好きなことを夢中にやっていただけでしたが、今振り返ると、バスケがなければ私はうまく日本のコミュニティに入ることができず、もっと苦労していたのだと思います。また、引越しによって家族の繋がりは強くなり、より一層大切な存在だと感じました。その後、小中学校とバスケを続け、結果を少し出しながらも、もっと上のレベルでやりたいと感じました。そこで、ありがたいことに片峯先生からお声をかけていただき、大濠高校への進学をその場で決意しました。
高校では、挫折しか味わっていない覚えがあります。試合に出るどころかベンチに入れるかどうかを争う日々、このまま3年間試合に出られないのかと焦りながら独りの体育館で自主練をする日々、そしてやっと試合に出られるようになったと思えばコロナ禍になり活動自粛となるなど苦しんだ3年間でした。しかし、振り返るとこの苦しみを乗り越えたからこそ成長できたと感じます。もう一度人生をやり直せるとしても、同じ決断をしているに違いありません。また、ここで初めてリーダーになりたいと思えました。片峯先生という偉大なロールモデルを3年間目の当たりにして、自分もこのようになれば、どれだけの人に影響力を与えられるのだろうかと想像が膨らみました。バスケで上達して勝利を目指すことはもちろん、周囲にどれだけ影響力を与えられるか、これが私の1人間としての存在意義となりましたし、今でもそうなっています。大学を選ぶ際には、この考えを軸に選びました。慶應バスケ部は学生主体で行なっていることを耳にして、ここだと自分の求めている理想像に近づくことができると思いました。そして、その一心で受験を決意しました。
1年間の浪人を経て、本塾の体育会バスケットボール部に入部しました。入部にあたっては多くの不安がありましたが、今では入って良かったと心底思っています。今振り返るとバスケだけでなく、それ以外の面でも多くの学びを得ました。
1年時は、慶應バスケ部の何もわからないまま入部し、初日から良くも悪くも存在感を出していました。チーム全員を集めて開催したミーティングもありました、当時の先輩方には大変ご迷惑をおかけしました。「勝ち方を知っている」という過信が自分をつき動かしていました。しかし、チームとしての結果はなかなかついてきませんでした。そこで唯一の「勝ち方」などなく、その組織にあった「勝ち方」を見つけないといけないことに気づきました。それまではバスケだけを考えていたが、ここで初めて「組織」に目を向けるようになり、より良い組織づくりに貢献したいと思いました。
2、3年になり慶應バスケ部という一つの組織への理解が深まるにつれて、このチームで勝ちたいという気持ちが次第に大きくなりました。レベルアップしたかと思いきやまた挫け、この繰り返しが2年間常にありました。チームで勝つためにどう行動すればいいか、どう振る舞えばいいのかを常に考えながら日々を過ごしていました。ありがたいことに頼りになる先輩方に囲まれ、悩みを共有し、より良い方策を一緒に考えるなどの相談にもたくさん乗っていただきました。そして次第に「自分のため」から少しずつ「誰かのため」に戦うという考え方に変わりました。
2. 4年目の困難と学び
一個上の先輩方が引退され、共に闘うことのできない悲しみと同時に、部を本格的に引っ張っていくという大きな責任感と重圧がどっしりと肩にのしかかりました。オフシーズンに重ねるミーティング毎に積み上がる危機感、下す決断が正しいかわからない不安、チームが上手く機能するのか、結果を出せるか不安で滲み出る焦燥感、今にでも当時を思いかしこの言葉を綴りながらも鼓動が高まります。この感情はシーズン通してなくなることはなかったです。そして、シーズンインすると個人としてもチームとしてもなかなか結果がついてこない、何度試行錯誤しても上手くいく気配のしない施策、何もかも崩れるのではないかと恐れていました。この時に3つの言葉が自分を助けてくれました。
① 正しい決断を下すのではなく、下した決断を正しくしなさい
② In life we must choose our regrets
③ マサらしくいればいいんじゃないの
それぞれの言葉に補足させてください。
① 正しい決断を下すのではなく、下した決断を正しくしなさい
これは1年間を通して自分に言い聞かせていた言葉です。何もかも最適な決断を下そうとする自分はどうしても悩んでしまい機会を逃す経験を過去にしたことがありました。この言葉を耳にして、「決断に満足や心配するのではなく、とりあえずどちらかの道を選んで、振り返った時にそれが正しかったと言えるように頑張ればいい」とある意味吹っ切れることができました。
特にチームの土台を作る際には、立ち止まるのではなく、とにかく突き進む勇気が必要で、この教えのお陰で先の見えない道のりも進ことができました。

② In life we must choose our regrets
「私たちは人生で後悔を選ぶ必要がある。」人生には必ず機会費用が存在します。どのような決断をしても、選ばなかったもう一方には後悔が残ります。最上級生になった当初は、「後悔のない一年を過ごしたい」と強く思っていました。しかしその思いが強すぎた結果、選択肢が多いにもかかわらず時間が限られていることに気付き、何を選ぶべきか決めきれず、結果として行動が中途半端になってしまいました。
私たちは後悔を避けたいがゆえに、できるだけ多くのことに手を伸ばそうとします。しかし大学生活において、すべてを追い求めようとすると、どれも十分に向き合えなくなってしまうことを実感しました。
そこで私は、「選択肢を増やすこと」ではなく、「選択肢を絞ること」に意識を向けるようになりました。具体的には、「これはやらなかったとしても、この後悔は納得できるか」という判断軸を持ち、何に時間とエネルギーを注ぐべきかを考え直しました。その結果、取り組むべきものが明確となり、個人や組織としての魅力に磨きをかけることができたと感じています。
この言葉を通じて、「後悔を避けるために何もかも手を出す」のではなく、「後から振り返ったときに納得できる選択をする」ことの大切さに気づきました。物事にはある程度の取捨選択が必要であり、それは諦めではなく、何かに特化するための決断だと思いましたし、残りのシーズンでその成果が出たと思います。
③ マサらしくいればいいんじゃないの
これは唯一直接伝えられた言葉です。社会人の方からもそうですし、同期からも言われていました。組織や結果に矢印を向け過ぎている自分がいたと思います。自分の中で空回りが生じていました。常に前を向き続けって強くあるべき自分と、次の一歩をどこへ踏むべきかわからない不安。何が正しいのかわからなくなった時にこの言葉をかけていただき、自分らしくいる大切さを思い出すことができました。どんな苦しい場面でも、この言葉をかけてもらった時には一歩引いて俯瞰して状況を見て、心のどこかでその状況を楽しむことができていました。
これらの言葉を胸に、再びチームを導く覚悟ができました。しかしその道のりは今まで見たものの比にならないぐらい険しいものでした。順風満帆から程遠い1年間。勝てない日々も続けば、同期の離脱までありました。気が付けば穏便に過ごせた日の方が圧倒的に少なかったと思います。でも、意外とこれを経験するために主将に立候補したのではないかと途中で思いました。何もない1年間で終わるより、いろんな壁にぶつかりながら、個人として成長し、チームを目標達成に導く。それを自分は求めていたと思います。主将になったからにはこれを楽しまないと勿体無いと思えるようになりました。
でも、現実は自分の思い描くストーリーでは終わらせてくれませんでした。目標達成ができず、最終的な結果に対して悔しい気持ちは残りました。当初掲げていた成功には到達することができませんでした。しかしそれを本気で掴み取りにいく過程で多くの学びを得ることができました。自己満足と言えばそれに尽きますが、このチームを誇りに思いますし、歩んだ道のりは何にも変えられないものとなりました。この経験を糧に、より良いリーダーに、そしていずれはより良い組織づくりに繋げていきたいと思います。この立場に立たせていただいて、経験させていただいたことに感謝しております。

3. 感謝
本塾の体育会バスケットボールで過ごした4年間のみならず、今までのバスケ人生に一区切りがつきます。自分の人生を振り返っても多くの人とのご縁や巡り合わせに恵まれていたことを実感しています。これを書くにつれて、日頃からどれだけの人にお世話になり、でもそれを実際に言葉にして伝えられていなかったのかが驚くほど多くありました。もちろん、全ての方に御礼を言いたいところですが、書ききれなかった方は是非お会いした際に伝えさせてください。
両親へ
一番応援してくれてありがとう。長いようで短い約14年間だったけど、いつも応援してくれていたことが大きな原動力になっていたし、試合を見に来てくれた時は本当に嬉しかった。アマンダから代々木、山あり谷ありのバスケ人生だったけど、一緒にたくさんの経験ができたことが何よりも財産だと思う。これからは少しずつ親孝行ができるように頑張ります。
先輩方へ
入部当初から本当に自由奔放な言動をとっていました。それでも、否定することなく受け入れてくださったことに対して本当に感謝しております。先輩方の寛容な心のおかげで今の自分がありますし、ここまで大きく成長することができました。特に同い年の先輩の高島さん(2025年卒)にはいつもお世話になっています。これからもよろしくお願いします。
後輩へ
まずは色々あった1年間、先の見えない期間もあったかもしれないけど最後まで信じて付いてきてくれてありがとう。引退してからみんなからもらっていたエネルギーを感じるし、みんなから多くのことを学ばせてもらいました。最後の最後までチームのために戦ってくれた姿を見て本当に嬉しく思ったし、心のどこかで達成感を感じていました。これからの慶應バスケ部をみんなは自らの手で良い方向に導くことができます。枠組みや前提に捉われず更にレベルアップしてください。これからも応援しています。
同期へ
シーズン始まる前から、チームをまとめること以上に同期をまとめる方が大変だと思っていました。結果、本当にそうでした。でも、途中で気付いたのはまとめようとするのではなく、個々の良さを活かすのがあるべき引っ張り方だと。いつもチームの勝利のことを考えて行動し、最後それがいい方向に向いたと思うし、みんなと挑んだ一個一個の試合が楽しくて仕方がなかった。特に遼生は真逆な性格だけど、副将としてチームを支えてくれて、自分の手の届かないところまで気を配ってくれて本当に助かった。みんなありがとう。これからは、オフコートでも仲良くしていこうね。
社会人スタッフの方々へ
お忙しい中、お時間を作っていただき本当にありがとうございました。技術的な成長はもちろん、人間的成長の機会を与えていただいたことに感謝しております。結果を出して、恩を返すことができずに悔しい限りですが、いただいたたくさんの学びを自分自身の今後に活かすことはもちろん、後輩にも伝えていければと思っております。
特に甲谷さん(2021年卒)は兄のような存在で、4年間色々な悩みをご相談させていただきましたまた。リーダーシップに関しては多くのアドバイスをいただき、また一緒になって試行錯誤をしてくださり、心の支えとなりました。甲谷さんがいなければここまで続けられなかったです。本当にありがとうございました。これからもたくさん相談させてください。
片峯先生へ
人生を変えてくださりありがとうございました。片峯先生から学んだことは今やっと理解できるようになりました。大変貴重な経験をさせていただきました。スポーツの厳しさ、それでも頑張り続ける意味、勝負への拘り、バスケだけに留まらない人間としての成長、リーダーとしてのあるべき姿、全てを教えていただきましたし、私の人生の中でも大きな転機となりました。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
Dear my brother Soichiro,
Ever since a kid you have been my superhero and my best friend. You are the reason why I am where I am and just know that I am always chasing your shadow as the little brother I am. The gratitude I have for you cannot be put into words. Love you always and thank you for being the best big brother one can ever dream of.
最後に
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。本当は書きたいことがもっとありますが、それは今度お会いした際に話させてください。
人生は捉え方が全てだと思います。何が起きるかはコントロールできませんが、どう反応するかはコントロールできます。自分の言動が誰かを突き動かす原動力になるかもしれません。自分の置かれている状況を俯瞰して見れば多くの気付きがあるかと思います。そして、今まで選んできた後悔を自分なりの正解にしていくのが私たちの生き甲斐ではないかと思います。目先の目標だけに捉われるのではなく、その道のりに出会う人や学びを大切にすることが大事だと思います。小泉先生の体育会の与える3つの宝の「友」は私にとってかけがえのないものです。この4年間を通して多くの「友」を作ることができたと思います。出会いとご縁に感謝しております。
最後に好きな言葉で締めくくらせてください。
To go fast go alone, to go far go together




