次シーズンに向けて:新井修太

 志木高バスケットボール部を支える敏腕コーチ・山岸よりバトンを受け取りました、慶應義塾大学経済学部2年の新井修太と申します。平素より、慶應義塾体育会バスケットボール部をご支援いただき、誠にありがとうございます。テーマの「次シーズンに向けて」ですが、私の次のシーズンの目標は「シーズンを通して一度も怪我で離脱しないこと」です。なぜこの目標なのか、少しばかりこれまでのシーズンを振り返って話をしたいと思います。

 私は1年生の4月よりチームに合流し、プレイヤーとして2シーズン活動してきました。例年とは異なり20人を超える同期に恵まれ、充実した練習の日々を過ごしていました。しかし、入部して2か月ほど経った頃、左足に痛みを覚え、整形外科で疲労骨折と診断されました。医師の指示で3か月間練習から離れひたすらリハビリをする日々でした。1年間の浪人を経て入学したこともあり、バスケットボールがしたくてたまらなかった私にとってリハビリに明け暮れ練習ができない日々は非常にもどかしいものでした。怪我から復帰し再びコートに立てたときには、仲間と共に思い切りバスケットボールができることに、この上ない喜びを感じました。

 練習前のストレッチや練習後のケアに力を入れて臨んだ昨シーズン、初めの2、3ヶ月は非常にコンディションが良く、痛みを感じずにプレーできていました。しかし、夏休み目前の6月頃、歩けないほどの激痛が腰を襲い、再び病院送りとなりました。結果は腰椎分離症、完治の目処はなく、痛みと相談しながらの競技復帰となりました。秋のリーグ戦期間は腰の痛みもおさまり、全力でバスケに向き合うことができていました。しかし順調な日々は続きませんでした。シーズン終了が2週間後に迫った10月末、今度は右足首を捻挫し、約1か月半競技離脱する羽目になったのです。強い悔しさとともに、プレーできない時間が長くなるにつれて焦りも感じていました。

 2シーズンで3度も競技離脱をしたにも関わらず現在もプレーを続けられているのには大きく2つ理由があります。一つはトレーナーの存在です。社会人トレーナーの軽部さん、小林さんが定期的に足の状態の確認、リハビリ等の細かい指示をしてくれました。おかげで練習時間や自宅での空いた時間をリハビリに充てることができ、より早い競技復帰に努めることができたのです。また、学生トレーナーの池田くんは練習中にメニューの確認、リハビリのポイントや動作の細かい修正をしてくれました。おかげで自分の体を客観的に見ることができました。

 もう一つはチームメートの存在です。昨シーズンも今シーズンも、私と同じタイミングで怪我離脱をする選手がいました。彼らと共に同じリハビリメニューをこなしたり、互いに士気を高めたりできたことで、長期にわたる離脱でも、めげることなく、心が折れることなく根気強くがんばれたと思います。この長期にわたるリハビリ期間を通して共に頑張る仲間、それを支えてくれるスタッフがどれほど私の競技人生に大事かを痛感しました。

 さて、大学バスケ生活も折り返し地点に来てしまいました。冒頭でも述べましたが、残り2シーズンを悔いなく終えるためにも、「シーズンを通して一度も怪我で離脱しないこと」を次の目標としています。日々のストレッチやケアを欠かさず、慶應バスケ部にプレーで貢献できるよう努力していきたいと思います。

 最後になりますが、日頃よりご支援をいただいているOB・OGの皆さま、ならびに社会人スタッフの方々への感謝の気持ちを忘れず、プレーで恩返しができるよう、今後も練習に全力で取り組んでいきたいと思います。今後とも、慶應義塾体育会バスケットボール部へのご支援、ご声援のほど、よろしくお願いいたします。

 次は、同期で1番かわいいマスコットキャラクター・奥村にバトンを渡します。最後までお読みいただきありがとうございました。

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