ブログリレー 水谷祐葵

「最後の早慶戦を終えて」

はじめに

誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。私、慶應義塾大学環境情報学部4年並びに慶應義塾大学体育会バスケットボール部で選手として活動させていただいております、水谷祐葵と申します。何卒よろしくお願いいたします。

先日、私にとって大学生活最後の早慶戦が終わりました。今、頭の中で様々な感情が交錯しており、この気持ちをうまく表現できるか自信はありませんが、早慶戦までの3年あまりの活動についてお話しさせていただきたく存じます。拙い文章ですが、最後までおつきあいいただけると幸いです。

3年前の早慶戦勝利のあと

3年前の6月、私たちは、早慶戦で劇的な勝利を収めました。(よろしければ3年前の私のブログ「はじめての早慶戦を終えて」をお読みください。)あの日の奇跡ともいえる勝利は、いまだ褪せることはない鮮やかな記憶として私の中に残っています。

しかし、その勝利の後、秋のリーグ戦では惜敗する試合が続き3部に降格、そして2部復帰に向けて始動しようとしたまさにその瞬間、コロナにより生活が激変しました。授業はオンラインに切り替わり、体育会活動もできない期間が長く続き、私が思い描いていた大学生活とは何もかもがかけ離れたものとなっていきました。

(3年前、早慶戦優勝時の写真です。このシーンは今も鮮やかに覚えています。/写真提供:魁生佳余子氏)

 新人戦や慶関戦は中止、そして、秋のリーグ戦は、2年連続、形を変えての開催となりました。それは、私たちの「2部リーグ昇格」のチャンスがなくなったということを意味しており、私も含め部員たちはモチベーションやスキルを維持するのに相当苦しい思いをしました。しかし、そのような苦しい状況であっても、仲間とともに過ごし、それぞれの強みを発揮できる方法を模索したり、体を鍛えたりする時間は、かけがえのないものでした。

新たなスタート

今年度、新しい体制のもと、早慶戦や秋のリーグ戦で結果を残すべく、新チームがスタートしました。私はこの数年間、悔しい負けを多く経験してきて、チーム競技の難しさを痛感してきました。1年生の時は、下級生ということもあり、がむしゃらに図々しくプレーすることができましたが、その後、学年が上がりチームをリードするにあたって、自分の表現方法も考えることが増えました。

何をしたらよいのかわからず自分を見失いそうになる時もありましたが、そんな時に私を奮い立たせてくれたのは、小学生時代から歩んできたバスケットボールでの数々の思い出と、3年前の早慶戦の勝利、そして仲間の存在でした。その事に気付いたとき、ラスト1年、全力でバスケに向き合いたいと思いました。また、実績のある先輩方がコーチとしてチームを導いてくださることが何より心強く、私達は必ず強くなれる、という確信を持つことができました。

早慶戦までの日々

さて、前置きが長くなりましたが、そろそろ本題の早慶戦についてお話しします。伝統の早慶戦は、今年80回目を迎えました。早慶戦は、選手やスタッフ、OBの方々、応援してくださる全ての方々にとって、大きな意味のある特別な一戦です。本年度は3年ぶりの有観客試合、しかも会場はバスケットボールの聖地である代々木第二体育館ということもあり、日に日に気持ちが高揚していきました。

私自身について申し上げると、昨年は早慶戦1ヵ月前に鼻の骨を折り、練習にも支障をきたしたので、今年は怪我のないよう、注意を払いながら日々を過ごしました。4年生ゆえ、就職活動やゼミなどもあり、バスケットボールのことだけを考えていた例年に比べると、準備万端とは言えませんでしたが、毎年4年生はこういった苦労を表に出さずに試合に臨んでいたということを遅ればせながら知ることとなりました。

4年生の事情はさておき、チームとしては、新入生も加わって、春の試合、慶関戦を経験する中で、少しずつまとまりをみせ、それぞれの役割も明確になっていきました。そして、ついに、春シーズンの集大成であり、年に1度の特別な日である早慶戦の日を迎えます。

いざ決戦の地へ

7月2日は太陽が照りつける猛暑日でしたが、会場の代々木第二体育館の中は、外に負けないほどの熱気であふれていました。エール交換、チアの応援、会場の観客の方々の存在、そのひとつひとつがコロナ禍の2年半の苦しさを忘れさせてくれるもので、私は高ぶる気持ちを抑えられませんでした。

とはいえ、試合に関しては、1部リーグ所属の早稲田大学には、どの学年にも全国大会で名を馳せた選手が在籍しており、今年も厳しい戦いになることは容易に想像できました。実際、試合が始まって早々、実力差を見せつけられることになりましたが、本塾も、後輩の山本や髙島を中心に得点し、必死に食らいついていきました。

私自身、自分がチームの中心となって得点するという強い覚悟と自信がありました。1年生からコートに立つ立場として、ベンチにいる部員、スタッフ、OBや応援してくださる観客の方々などに対して、自分が果たすべき責務があるという信念のもと、いつも以上に攻めの姿勢で臨みました。

残念ながら、点差は広がるばかりでした。それでも最後まで力一杯応援してくださった会場の皆さんには、心から感謝しております。大きな会場が満員となり、両校の応援が響き渡る空間でプレーできたことは、何にも変え難い人生の宝となりました。

私は試合途中で指を脱臼したのですが(去年の早慶戦では肩を脱臼しました)、なんとしてもコートに戻りたいという気持ちで処置をしていただき、試合に戻ることができました。そしてラスト24秒、ともに過ごしてきた同期でコートに立った瞬間は、万感の思いでした。

結果的に完敗したものの、私の中には、3年前の気持ちに似たすがすがしいものがありました。もちろん、負けは大変悔しいですし、反省すべき点もたくさんありますが、自分もチームも、現在できることをやりきったと言えるのではないかと納得しています。

後輩たち、早慶戦の借りは早慶戦でしか返せません。どうか、来年こそは勝利をつかんでください。

(満員の代々木体育館は、今までのバスケ人生の中で最高のステージでした。)

秋シーズンに向けて

 さて、秋にはリーグ戦が始まります。伝統ある慶應義塾体育会バスケットボール部において、OBの方々や応援に駆けつけてくれた一貫校の後輩たちの期待に応えることができていない現状を本当に申し訳なく思うとともに、ここからは勝つことが何よりも大事であると思っております。皆さんに信頼、応援していただくためには、結果で示すしかありません。

私自身、強い慶應に憧れ入学しました。私をはじめ4年生が大学で活動できる日々も、残り少なくなってきましたが、ひとつひとつの試合を大切にして確実に勝利をつかみ取ること、そして、2部に昇格してシーズンを終えることが、部員の使命であると思っております。同期や後輩と共に、必ず強い慶應を復活させることができるよう、力を尽くしたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

(4年間共に戦ってきた同期たち。悔いが残らないよう、引退まで駆け抜けます! / 写真提供:魁生佳余子氏)