4年間の財産 -山崎 多絵

慶應義塾大学法学部政治学科4年ならびに体育会女子バスケットボール部所属の山崎多絵と申します。

引退してから2ヶ月が経ちました。今は海外旅行に行ったり、暇さえあれば友人や父とポケモンを捕まえに出掛けるようなのんびりとした日々を送っています。

さて、この度は引退ブログということで私がバスケ部での4年間で得た3つの財産について書きたいと思います。拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

挫折

思い返してみると、私は大学入学まで挫折のない人生を歩いてきました。家には陸上競技・絵画・書道・作文などの分野での十数枚の表彰状。中学では3年間学年1位の成績。高校大学受験共に第一志望に合格。そしてバスケにおいても、そこそこ勝ち進むチームで40分間試合に出続けていました。

こんな私にとって、バスケ部での日々は、生まれて初めての挫折の連続でした。1年目、対人練習には混ざれずコート外から練習を眺める日々。2年目、チャンスを掴みかけては遠ざかっていくことの連続。この頃、私は初めて気が付きました。挫折から立ち直る方法を知らずにここまで育ってきてしまったことに。

3年目もなかなかチャンスを掴みきれない日々が続き、ついに私の身体は限界に達しました。3年の11月、約3年振り9度目の自然気胸を発症しました。翌月には、10度目の気胸。担当医の方には「何がそんなにストレスなのか。楽しいことを考えるように。」と言われました。けれど当時の私には、バスケで報われること以外に楽しいことは頭に浮かびませんでした。

そして3年の1月には、再発症を防ぐ為に人生3度目の肺部分切除の手術を受けました。手術後、意識が戻り始めると、痛い痛いと泣きわめいていたことを覚えています。それ程に痛かったです。そのような状態からスタートし、2月のシーズンインからは無理矢理練習に合流しました。復帰直後の練習は、体力的に途轍もなく苦しかったことを今でも鮮明に覚えています。身体は徐々に回復していきましたが、術後の痛みは暫く続き、全てが元通りにはなりませんでした。

さらっと言ってしまうと私のバスケ部での4年間はこのようなものです。楽しい嬉しい時ももちろんありましたが、正直苦しい悲しい時の方が何倍も長かったです。けれど、あの苦しい悲しい経験こそが、願ったことは一瞬の努力で全て達成させてきた私という人間に、少しは深みを与えてくれたと思います。だからこそ、挫折は私にとって4年間で得た大切な財産です。

誰かの為にということ

私はプレイヤーをしながら、3年次には副務を、4年次には主務を務めていました。副務主務がする仕事は、目に留まらないことがほとんどですが、そのどれもが部を運営する上で欠かせない仕事です。

事務仕事をすることが嫌いではなかった私は、意気揚々とこの役職を引き受けました。今思い返すと、当時は主務をなめていました。

副務主務がする仕事は想像以上に広範囲に及び、簡単にこなせるものではありませんでした。練習を休んで、自分の時間を割いて、何故ここまでしなければならないのかとパソコンを前に涙が止まらないことが何度もありました。

そのような時、私の心を支えてくれたのが、部の為に、部員の為に代表してこの仕事を行っているという責任感でした。もし、主務としてすることが、私個人の為だけのことであれば、あそこまで妥協せず頑張ることはできなかったと思います。誰かの為にと思えるその誰かがいてくれることが、とても有難いことだと学びました。

仲間

これまで、私は自分の悩みは自分の中だけで解決してきました。なぜなら、感情を表に出すこと、人に悩みや弱みを話すことは恥ずかしいことだと思っていたからです。

けれど、バスケ部で、1人ではどうしても解決しきれない悩みに直面した時、初めて人に悩みを話してもいいのかもと思わせてくれたのが同期でした。

また苦しみから逃げ出したい、辞めたいと思った時にその心を繋ぎ止めてくれたのが、先輩・同期・後輩の仲間の存在でした。どんなに苦しい時でもこの仲間と同じ目標に向かっていたい。単純に一緒にいたいという想いが消えることはありませんでした。

綺麗事に聞こえるかもしれませんが、仲間がいなければ4年間をバスケ部で過ごし、今こうして引退ブログを書くこともなかったと思います。感謝しても感謝しきれません。仲間は何事にも変えられない財産です。

引退後の同期卒業旅行

最後に

4年間、ここだけでは到底書ききれない程多くの笑顔・涙・孤独・悲しみ・喜びがありました。

私は嫌なことはすぐ忘れてしまう性質なので、嫌な思い出は忘れ、綺麗な思い出だけを残すことは簡単です。けれど、この4年間に関しては酸いも甘いも全てを心の中に残しておきたいと思います。そして、挫折の経験を忘れず、常に誰かの為にという心をもって、今後も仲間との繋がりを大切に社会人という新たなステージに進んでいきたいと思います。

4年間バスケ部での活動を通して関わった全ての皆様、有難う御座いました。

最後の練習後