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ブログリレー 前田琉我
2020年2月22日 8:00| Comment : 0
敬天愛人

はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
本年度慶應義塾大学経済学部3年ならびに体育会バスケットボール部所属の前田琉我と申します。よろしくお願い致します。
現在、関東大学バスケットボール連盟/全日本大学バスケットボール連盟の学連役員として、日々の大会運営や企画に取り組んでおります。
本ブログ執筆にあたって、自らの慶應バスケットボールライフを振り返ってみると、僕は選手とスタッフの両面でチームに携わっていました。
その中での想いや、やりがいについて皆さんにお伝えできればと思います。
拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
選手時代
大学バスケ部には高校や早慶戦で素晴らしい活躍をした先輩たちと同じチームでバスケができる嬉しさを胸に入部しました。しかしそれと同時に、大学バスケ部の何もかもに圧倒され、ここで自分は4年間やっていけるのかという不安も抱えていました。
月刊バスケットボールやJスポーツでしか見たことがない強豪校出身の選手たちが同じチームにいること、スカウティングや選手の体調管理、練習メニューの作成など、すべて学生スタッフが中心となって取り組んでいること。大学バスケは高校と比べて、技術やフィジカル、メンタル、すべてにおいて別次元の世界だと思いました。
現在のチーム状況とは全く異なり、1年生で全国経験無し、並外れた身体能力もない私は、練習初めのランニングとウォームアップをやって、コートサイドで練習を見て、最後のトレーニングに参加する、シュートは主力陣が練習終わった残りの時間にやっと端っこで打てるだけの毎日が続きました。
今の一年生たちが対人練習に参加し、ユニフォームをもらってベンチに座れているところを見ると羨ましい気持ちがあったり、「あと1、2年遅く生まれていたら…」と少し悔しい気持ちがあったりします。そしてずっと選手で続けていればどうだっただろうと思うこともあります。
そんなウォームアップとトレーニングだけの選手生活を半年間続けていました。
現在も選手として頑張っている同期の藤井や津野地、山本も同じような状況でしたが、彼らは試合に出るために自分は何に貢献できるかというのをひたすら考えて、幾度となく壁にぶち当たっては乗り越え今も頑張っています。
そこで自分は考えなかったのか?
壁を乗り越えられなかったのか?
と思うかもしれませんが、もちろん私も選手としてチームに貢献できること、何を武器とするかを死ぬほど考え、練習動画を見たり、同期でミーティングをしたり、上級生に悩みを相談したりし、チームに足りないものは何で、自分は足りない部分を補いチームに貢献していくんだ!と思い、限られた時間内で試行錯誤を繰り返していました。
しかし、努力が実を結ぶかどうか、いつ結果が出るのかわからないです。
もしかしたら結果は出ないかもしれないと思いながらも諦めず取り組んでいました。
何が正解なのかわからないまま、初の夏合宿が訪れました。
先輩から噂などで、合宿の厳しさ等は聞いて覚悟はしていましたが、想像を絶するほどの肉体的負荷が大きいことと、精神面でもチームへの存在意義を常に問われ、追い込まれるカオスな状況でした。
今まで3回夏合宿を経験していますが、僕の中では1年生の夏合宿が一番辛かったと思います。(当時は選手だったからかもしれません。汗)
当時、入部して4か月くらいしかたっていない中で、合宿中に主将がチームを去る状況を目の当たりにしたり、僕よりも上手な先輩が選手からスタッフに転向したり、チームの中心である選手でもチームに貢献していなければ余儀なく組織から外されたり、中途半端な存在はチームのポストに存在しないことを痛感しました。
ここでさらに自分の存在意義を考えるようになり、行動に移さなければならないと日々何かに迫られるような感覚でした。合宿後でもこのまま選手で続けていいのか、部をやめたほうがいいのではないかと悩み、食事も取れず眠れない日もありました。
そんな中、ある練習日、私はいつも通りコートサイドで練習を見ながら1年生の仕事(選手の水入れ、雑巾がけなど)をしていました。
練習間の休憩時に主力の先輩へボトルを渡した時に「ありがとう」と言われたことがありました。それ以外にもスカウティングをして、自分なりに分析したデータを先輩に伝えた際に、感謝されることがありました。
ただ、「ありがとう」と言われただけですが、自分で何かをして他人に感謝されたのことが、彼らのためになっているのではないかと感じました。その時、チームに必要な存在を考え、自分が夜遅くまでシューティングをしているより、スタッフとして選手をサポートする方が貢献できるのではないかと考えました。
スタッフ・学連時代
そうして、スタッフとして、学連に所属してチームに貢献することを決意しました。
そこで何故、部内スタッフではなく、部外の学連派遣になったのかは、いくつか理由があります。
まず一つ目に、夏合宿で学連派遣の片桐さん(2020卒・経済)に声をかけてもっらったことです。
片桐さんも、選手からスタッフに転向し、同じような経験をしたことから、色々相談に乗ってくださいました。
また、大会運営の体験をする機会があり、それまで見たことがなかった大会を開催する側に立ちました。
選手たちが当たり前のように試合ができるのも裏方の存在である、学連の地道な努力があってこそと強く感じることが出来ました。
二つ目は、当時の部内スタッフの下級生の役職が曖昧であったこと。
当時は、スタッフも多かったため、上級生は、主務や学生コーチ、学生トレーナーなど役職が定まっている一方、下級生は定まらない、浮いた状態でした。
そのため、何で貢献しているのか分からず悩んでいる方が多かったです。
フワフワした状態でチームにはいたくないという思いからも学連に入ることを決めました。
学連に入って大会運営をするにあたり、選手だけに関わるのでなく、OBや企業とのやり取り、人としてのふるまい方など、部活と違い多くの人と関わる機会が多くなりました。
片桐さんや山本さん(2018卒・法律)、服部さん(2018卒・経済)には、人としての振舞い方など多くのことを学べました。
また、学連での会議等で新ルールへの変更や大会の情報を聞き、いち早く部に話すことで、選手や学生スタッフの方たちが円滑に練習や会場移動などができるようになった時、彼らから大会やルール等で聞かれた時は、チームに求められる存在であると実感し、非常にやりがいを感じています。
部が求めてくれた分だけ、さらに自分は部に付加価値を与えて強くしたい!と思うようになり、選手のように直接勝利には貢献できなくても、選手たちが勝利に少しでも近づけるようなサポートをし、それが実を結んだときはとても嬉しいです。
学連の活動は、別に誰かに注目されているわけでもなく、地味で時間のかかることが多いです。
インカレでは大会を開催するために、1年以上前から、体育館の確保をするために打ち合わせに行き、協賛企業とのやり取り、1日に何百万という売り上げの精算などを行っています。
観客の方に少しでも大学バスケに興味を持ってもらいたい、選手がさらに活躍できる舞台を提供したい、そういう思いから、お客さんや選手たちの要望などを聞き学連役員だけでなく、企業やOBの方々と相談し、新たな企画に挑戦しています。
そんな地味な取り組みでも、インカレ決勝で選手や観客の方々が歓喜し、涙を流すところを見ると、自分たちが裏で支えてきたことが意味あるものであったと感動が沸き上がり、非常にやりがいを感じています。
スタッフに転向し、裏方がいるからこそ選手たちが試合に集中でき活躍できることを実感するとともに、地味な仕事でも責任を持って取り組む重大さを学びました。
学連に少しでも興味を持った方がいたら、下記の学連事務所宛のメールアドレス、電話番号にご連絡ください。
mail:team.kcbbf@gmail.com

最後に
長々とまとまりのない文章となってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
体育会バスケットボール部は、みんなが主役だと思っています。誰しもが必要な存在であって、そうでなければチームから必要とされません。
自分ならチームにどういったプラスの影響を与えられるかを常日頃考え、行動し続けることにチームにいる意味があるのだと思います。
本気で取り組むからこそ、それなりの苦労や苦しみがあります。
しかし、喜びや感動も言葉では表せないほど素晴らしいものです。
私は、体育会バスケットボール部に入部し、多くの貴重な経験をしました。
来年度は3部リーグとなってしまい、私は1、2部での運営が殆どでチームと会う機会が少なくなり寂しくなりそうですが、それでもチームや同期が少しでも前を向けるようにスタッフとして全力でサポートしていきたいです。
体育会バスケットボール部を辞めないで選手からスタッフに転向できたのは、選手の時にサポートしてくれたスタッフの方々、先輩、同期、後輩、応援してくれる保護者、OB・OG、観客の方々のおかげだと思います。これからも人の繋がり、縦・横・斜めのつながりを大切にしていきたいと思っています。
今後とも応援何卒よろしくお願い致します。

ブログリレー 寺部勇佑
2019年11月17日 19:00| Comment : 0
合縁奇縁

〜はじめに〜
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学環境情報学部3年ならびに体育会バスケットボール部所属の寺部勇佑と申します。よろしくお願い致します。
本ブログでは、何を書くべきかとても悩みました。
4月からバスケ部のブログリレーが始まり、私で19人目。
若干のネタ切れを感じつつ、自分のこれまでの人生を振り返りました。
考えに考え抜いた末、私が普段から大切にしていることについてを、これまでの人生に触れながら書いていきます。
拙い文章ではありますが、ぜひ最後までお付き合いください。
〜大学進学〜
いきなりですが、確実にこれだけは大切にするべきだと言えることが1つあります。
それは、「縁」です。
私がこれまで生きてきた21年間「縁」なしでは、ここまで充実した人生を送ることはできませんでした。
多くの方々との出会いがあり、現在の私がいます。
また、進学などの人生の分岐点に立った時、そこには必ず素敵な巡り合わせがありました。
それを強く感じたのは、高校2年の時でした。
私は中学生時、
「高校で全国制覇をしたい!」「勉強をおろそかにしたくない!」「文武両道がしたい!」
という強い思いから、京都府にある洛南高校に進学しました。
しかし、私自身とても未熟であったため、
当初の考えとは反し、高校2年の夏まで、勉強は二の次でバスケ漬けの日々を送っていました。
そんな生活を送っていたある日、一人の先輩の進学先が慶應義塾大学に決まりました。
当時、バスケットボール部は関東1部リーグに所属していたのに加え、勉学においても日本トップレベルである慶應義塾大学に対して私は憧れを持っていました。
そこで私はすぐさま先輩に話を聞きに行きました。
その話の中で「寺部も来年受けたら?」と言われ、軽い気持ちで「行きたいです(笑)」と返事をしたのが、始まりでした。
冗談半分から始まった慶應義塾大学への道だったわけですが、日を重ねるごとに強い思いへと変わっていきました。
思いが変われば行動も変わり、今までのバスケ中心の生活は一変しました。
そして、受験を決意してから1年が過ぎ、念願の合格を果たしました。
この合格は、私1人の力では到底成し遂げることはできず、多くの方々が支えてくださったおかげです。
この経験を通じて私は「人」「縁」というものは大切なものだなと心の底から感じました。
1つのご縁が、1つのつながりが人生を変え、人生を豊かにすること。
大げさだと思うかもしれませんが、つながりというものは、お金では買えない価値であり、人生において大きな財産となるのです。

〜現在の私〜
慶應義塾大学に入学してから、3年目の冬を迎えようとしています。
大学生活で私は、多くの新しい出会い、素晴らしい経験をさせていただいています。
そんな中、私は体育会バスケットボール部に所属をし、慶應義塾の縦のつながりの強さ、横のつながりの強さに、とても驚かされました。
それは外部から進学した私にとっては度肝を抜かれるほどのものでした。
ここでいう縦のつながりとは、1年から4年といった学生のつながりはもちろんのこと、OB・OGの皆さまとのつながり含みます。
横のつながりとは、部活動内の同期はもちろんのこと、その壁を超えた、同じ年度に入学した同期も含んでいます。
私が普通に生活をしていたら、出会うことのなかったであろう人たち。
私はバスケットボールのおかげで多くの「縁」「素敵な巡り合わせ」がありました。
そして私は現在、慶應義塾大学でとても濃い時間を過ごすことができています。
全てが良い出会いであるとは限りませんが、その1つ1つの「縁」には意味があり、捉え方次第では「悪縁」だと感じていたものまでが学びとなり、自分の人生のプラスとなることもあります。
皆さんも、いろんな「縁」を大切に生活していってほしいと思います。
その「縁」が人生を変えるきっかけとなるかもしれません。

〜さいごに〜
11月9日にリーグ戦を終え、本塾は2部リーグ11位、3部降格となりました。
とても悔しい結果ではありますが、現実をしっかりと受け止め、来シーズンに向けて日々精進していきたいと思います。
応援よろしくお願いします。
笑っても泣いてもあと1年の学生生活。これまで支えてくださった方々に感謝をし、恩返しができるよう全力で突っ走っていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は前田琉我(3年生)です!乞うご期待ください!
ブログリレー 山﨑純
2019年10月23日 19:00| Comment : 0
慶應を目指した理由

~はじめに~
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
慶應義塾大学総合政策学部4年ならびに体育会バスケットボール部所属の山﨑純と申します。
本年度主将を務めさせていただいております。
早いことに、慶應義塾大学に入学してから3年半が経ち、部活動に関しては残り1ヶ月となりました。
おかげ様でこの3年半、様々な経験をさせていただき、慶應義塾体育会バスケットボール部に入って本当に良かったと思っています。
ただ卒業ブログも控えているようなので、今回はあえて大学生活については触れず、大学生活の原点である、慶應義塾大学を目指した理由について書いてみました。
拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
~「バスケ漬け」の6年間~
いきなりですが、「田舎の三年、江戸の昼寝」という言葉を知っていますか。
母が大切にしてきた教育方針の1つということで、私は母から教わりました。
これは司馬遼太郎の著書、『峠』に出てくるたとえ話であり、
「田舎で3年間勉強するより、江戸で半刻昼寝している方が成長できる」という意味だそうです。
とはいえ、どのような環境においても一生懸命努力をすることが、成長するために最も大切なことだと思います。
ただ、「自分の未来をどのように切り開いていきたいか」
そのために、「自分をどのような環境に置くか」はとても大切なことだと思います。
この言葉は、私が慶應義塾大学を目指すきっかけにもなった、大切にしてきた考え方の1つです。
私は3人兄弟の末っ子として、福岡県で生まれました。
父がバスケの指導者、さらに兄二人がバスケをしていたこともあり、私も小学2年生から始めました。
私は、「田舎の三年、江戸の昼寝」という考え方のもと、中学・高校は、いわゆる地元の学校には通わず、より高いバスケットボール環境を求め、文字通り「バスケ漬け」の6年間を過ごしました。
チームメイトや指導者の方々に恵まれ、目標であった全国優勝を達成できましたが、そこでの経験は、結果以上にどれも素晴らしいものばかりで、私の財産となっています。

~慶應義塾大学との出会い~
「背伸びして視野を広げているうち、背が伸びてしまうこともあり得る。それが人生の面白さである。」
これは小説家、城山三郎の言葉です。
「慶應に入りたい!」
そう思い始めたのは高校2年の冬でした。
きっかけは兄です。
当時は文字通り「バスケ漬け」の生活を送っていたので、バスケ以外のことを考える余裕はあまりありませんでした。
しかし、バスケを辞め海外で働く兄の姿を見て、
「自分の知らない世界を見てみたい!」「将来はグローバルに活躍したい!」
という思いを抱くようになりました。
ただ、「大学でもバスケを本気で続けたい!」という思いは変わりませんでした。
これらの思いを叶えるため、「文武両道」を高いレベルで体現できる環境を探した結果、慶應への受験を決めました。
私が慶應に入学したいと考えたのは、大きな「背伸び」だったのかもしれません。
ただ、慶應への受験を決めた時から、勉強のしかたが変わり、今まで読まなかった本を読んだり、改めて自分の夢について考えたりと生活が変化してきました。
私にとっての「江戸」である慶應義塾大学での3年半は、貴重なものばかりでした。
バスケの成績に関して言えば、たしかに中学・高校と比べると劣っているのかもしれません。
かつてのチームメイトが、インカレの舞台で活躍している姿を見て、悔しく思う時も多々ありました。
ただ、2019年6月22日、早慶戦という最高の舞台に立つことができ、最高の仲間とともに、早稲田に勝ったあの感動は一生忘れないですし、今までのバスケ人生で一番嬉しかったです。
なかなか勝てず、苦しい時間の方が長い3年半だったかもしれませんが、慶應義塾体育会バスケットボール部に入って本当に良かったです。

~おわりに~
現在私たちはリーグ戦の真っ只中ですが、チームの負けが込んでおり、非常に苦しい状況です。
ただ、4年生においてはあと一ヶ月で引退です。
こういう時こそ、最高の舞台でバスケができる喜びを噛み締め、最後まで全力で戦い抜きたいと思います。
ぜひ応援よろしくお願い致します!
次回は寺部勇佑(3年生)です!乞うご期待ください!
ブログリレー 野田遼太朗
2019年10月9日 19:00| Comment : 0

コートの外から見える景色
はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学法学部政治学科4年ならびに体育会バスケットボール部で主務を務めさせていただいております。野田遼太朗と申します。
今後に卒業ブログも控えていることを考えるとネタ切れになってしまうのではないかと悩んだ結果、本ブログでは、主務という立場で感じたことを述べさせていただきます。
拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
恩返し
私が弊部に入部を志した理由は、中高の6年間(慶應義塾中等部-慶應義塾高等学校)を一貫校のバスケット部で過ごしたことから、お世話になった慶應義塾のバスケットに恩返しをしたいと考えたからです。
ただ当時は選手として代々木第二体育館のコートに立つことを夢見ていました。
しかしながら、高校の卒業式の日に阪口さん(現大学H・コーチ)から「大学のバスケット部に入部してマネージャーをやらないか?」とお誘いをいただきました。
つまり大学入学前に選手としての引退宣告を受けたのです笑
理由としては「4月から入学が決まっている同期には高校界のスーパースターがいるから。」です。
当時の私は、正直なところ完全に納得はできませんでした。
「なぜチャレンジもしていないのに決めつけるんだ?」
さらに入学式後に一般入試や内部進学の同期が選手として入部をし、練習に参加する姿にはもどかしさも感じました。
インターハイにも出場していなければ国体にも選ばれない程度の実力を客観視できていなかったんだと思います。
しかしながらミーティングを”何度も何度も何度も何度も何度も何度も”繰り返したり、死ぬ物狂いで自主練習に励む同期の背中を見て、「本気でみんながバスケットに集中できる環境を作ってあげたい」という思いへと変わっていきました。
今年の早慶戦で1年次に同じくスタッフとして入部し、シーズン途中で選手へ転向した泉(4年・経済学部)がシュートを決めた瞬間の喜びは忘れられません。

自分にできること-大好きなチームのために-
スタッフの自分は、他の選手のように試合に出てシュートを決めたり、リバウンドをもぎ取ったり、ルーズボールに飛び込むなどチームの勝利に直接貢献することはできません。
形に現れるものが少ないことから、自分がやっていることがチームの勝利につながる実感が得にくく、「果たしてチームに貢献できているのか?」と悩む時期もありました。
同期の山﨑(4年・総合政策学部)、髙田(4年・環境情報学部)が下級生の頃から試合に出て活躍していたことで、よりその思いを感じていました。
それでも同期や先輩からかけて頂いた何気ない「ありがとう」という言葉がそんな思いを拭ってくれました。
主務として自分ができることは”選手が集中してバスケットに取り組むための土台作り”です。
脆い土台には物を高く積み上げることはできません。
選手は「試合で活躍する土台作り」として何千本とシュートを打ち、重りを何百回とあげて鍛えた体で試合に臨みます。
それと同じように自分も「チームが当たり前に練習をできて試合に出場する土台作り」として何千枚と書類を提出し、何百回と会議に参加して円滑に活動するための準備を整えて試合に臨みます。
つまり選手とスタッフも勝利に向かって、役割は違えど、土台作りという面では同じ方向を向いているのです。
ただ、選手と自分の違いは結果にスポットライトが当たるか否かですが、それでも自分たちで築いた土台の上で選手が輝いたり、大好きなチームが勝てるのであれば満足です。
~支える立場の自分を支えてくれる方々~
主務としての立場上、渉外活動などを通じてチームを代表して表に立つ機会が多いです。
そのため、普段自分やチームを支えてくださっている方々にこの場を借りて感謝を伝えたいと思います。
○家族
いつでも自分の意思を尊重してくれて、応援してくれる両親には頭が上がりません。
祖父母は農家のため、住んでいる下田寮学生寮へお米や野菜を送ってくれます。この前も新米30kgを送ってくれました。寮生の部員もお世話になっています。本当にありがとう。
○社会人スタッフ・OBの皆さん
学生主体としてチームを運営させてもらっていますが、アドバイスを頂いたり、様々なチャレンジを応援してくださっています。試合会場ではご声援をいただいたり、資金面で援助をいただき不自由なく遠征や合宿へ行かせていただいています。ありがとうございます。
○学連(一般社団法人関東大学バスケットボール連盟)の皆さん。
トーナメント、リーグ戦、インカレなどの数々の大会に参加させていただいております。
2部リーグはマネージャー中心で運営しているため、大会当日しかお手伝いしか出来ておりませんが円滑な運営を可能にしている準備の大変さは計り知れません。ありがとうございます。
○体育会生のみんな
早慶戦やリーグ戦にたくさんの方が応援に来てくれています。競技は違えどスポーツを通じて同じ目標へ向う財産に出会えました。これからも他部の応援に行きたいと思います。いつもありがとう!

○地域の皆さん
リーグ戦のhome gameや早慶戦では多大なご支援をいただいております。
普段も日吉の商店街の飲食店で「試合頑張れ!」とか「今日勝ったんだね!」などお声掛けいただいて嬉しいです。

まだまだ感謝を伝えたい人は山ほどいますが字数の関係でまたの機会にさせていただきます。ありがとうございます!
ここまで長々と偉そうにチームを支えるとか語らせていただきましたが、そんな支えるはずの立場である自分も多くの人に支えられています。
もしかしたら、支える立場の人もきっと誰かに支えられていて、自分も知らないところで誰かの力になっているかもしれないです。(多分)
そう考えると主務の立場の自分にできることはすべての人に真摯に向き合うことだと思います。
それが回り回ってチームのためかもしれませんから。
最後に
リーグ戦も折り返しに入りましたが、チームのみんなを信じて自分もできることを全うしたいと思います。
最後にもう一度こんな笑顔で終われるように。

お読みいただきありがとうございました。
今後ともご声援のほど何卒宜しくお願い申し上げます。
次回は山﨑純(4年生)です!乞うご期待ください!
ブログリレー 髙田淳貴
2019年9月30日 19:00| Comment : 0

かけがえのない経験
はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学環境情報学部4年ならびに体育会バスケットボール部所属の髙田淳貴と申します。よろしくお願い致します。
本ブログでは、4年間を通して早慶戦やリーグ戦などの様々な試合を経験させてもらっている中で感じてきた、充実感や苦悩について書いていきたいと思います。
拙い文章ではありますが、ぜひ最後までお付き合いください。
未知のレベルへの挑戦
高校までずっと徳島県でバスケットボールをしてきた私にとって、関東大学バスケのレベルは未知の世界でした。
実際、慶應大学に入学し、練習に参加して初めて感じたのは、今までに経験したことのない体の強さやプレーの激しさでした。
そんな中始まった1年目。
春シーズンは環境に慣れることに精一杯で、自分の持ち味を出す事など全く出来ませんでした。
それでも、ありがたいことに少しずつ試合を経験させてもらえるようになり、だんだんと自分の通用する部分が分かってくるようになりました。
当時は、レベルの高い環境の中で自分のプレーが成長していくことが純粋に楽しかったです。
特に1年時は関東1部リーグに所属していたので、テレビで見ていたような憧れの選手達と実際に対戦できるということに本当にワクワクしていました。
そして迎えた初めてのリーグ戦。
初戦の東海大学戦でコートに立った瞬間の光景や感情は、今でも鮮明に覚えています。
それぐらい高校までの自分の状況を考えれば、奇跡的な出来事でした。
そこからの約2ヶ月間のリーグ戦は、ただがむしゃらに挑戦し続けました。
うまくいく試合もあれば、全く通用しない試合もありました。
しかしその全てが自分にとって貴重な経験になりましたし、何より1試合1試合が本当に楽しかったです。
当時、先輩達に「1年生は何も考えなくていいからただプレーを楽しめばいい」という言葉をいただきましたが、そのおかげもあり本当に充実した1年目を過ごすことができました。

辛く難しかった2年目
上述したように充実したシーズンを送ることができた1年目でしたが、2年目は真逆と言っていいほど難しいシーズンになりました。
おそらく、長いバスケットボール人生の中で最も悩み、もがき続けた1年間だったと思います。
チームとしても早慶戦での敗北や期待されていた1部昇格を逃すなど、良い成績を挙げることができず、個人としても全く思い描いていたようなプレーができない日々が続いてしまったのです。
この年からスターティングメンバーとして出場するようになりますが、その状況に対して大きな責任感やプレッシャーを感じていたのかもしれません。
プレーに思い切りがなくなり、結果が出ないことにさらに焦りが生まれるという悪循環に陥っていた私は、大きな壁にぶつかってしまいました。
何をやってもうまくいかない。
出してもらっているのに不甲斐ないプレーしかできない。
もはやプレーを楽しむなどという感覚は無く、どうすれば良いのだろうかという考えばかりが頭に浮かんでいました。
なんとかリーグ戦の後半には吹っ切れて少しリズムを取り戻すことができましたが、それでもやはり総合的には苦しんだシーズンでした。
しかし今思い返してみれば、上手くいかないながらも試行錯誤を繰り返して挑戦し続けた2年目は、精神的には一番成長できた期間だったような気がします。
乗り越えた先に
何回もチームミーティングや学年ミーティングを重ね、始まった3年目。
個人としては、去年の二の舞にならないようにと強い気持ちで臨んだシーズンでした。
春シーズンは結果こそ出ませんでしたが、チームの雰囲気や個人としての手応えも確実に良くなっていることが実感できました。
試合ごとの気持ちの切り替え方などがだんだんと分かってきたことで、楽しみながらプレーする感覚も戻り、いつしか壁も乗り越えられていました。
そして乗り越えた先、最も充実していたのがリーグ戦でした。
チームとしても下馬評を覆す結果を出すことができ、個人としても大きくスタッツを伸ばすことが出来ました。
過度なプレッシャーを自分にかけるのではなく、純粋にバスケットを楽しむこと。
それこそが自分にとっては一番大事なことでした。
おそらく、2年目の挫折がなければここまで考えることはなかったですし、今思えば自分は大学生活を通して本当にかけがえのない経験ができているんだということに気づくことができました。

集大成として
そして今年、学生最後のシーズンを迎えました。
最初は正直つまずきましたし、いかに自分たちが先輩に甘えていたかを実感しました。
それでも、チーム一丸となってやってきたことが少しずつ形になり始め、楽しみながらシーズンを送ることができています。
何より嬉しかったのは、3年ぶりに早慶戦に勝利することができたことです。
個人的にも2年、3年時の早慶戦は全くチームに貢献することができず苦しい思いをしていたので、今年勝てたことで、少しですが努力が報われたような気がしました。

そして最後に。
リーグ戦が開幕し、約1ヶ月が経過しました。
スタートダッシュには失敗しましたが、まだまだこれからです。
今年度のチーム、そして個人としてはバスケットボール人生の集大成として残りの試合を楽しみながら全力で戦っていきます。
これからも応援よろしくお願いいたします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は野田遼太朗(4年生)です!乞うご期待ください!
ブログリレー 杉田雅虎
2019年9月27日 19:00| Comment : 0
もう一つの早慶戦

はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学商学部3年ならびに体育会バスケットボール部所属の杉田雅虎と申します。よろしくお願い致します。
拙い文章ですが少しでも読んでいただければ幸いです。
6月22日に行われた早慶戦。
本塾は徹底した早稲田への対策と、伝統のディフェンス・リバウンド・ルーズボール、そして4年生の活躍を中心として3年ぶりの優勝を果たすことができました。今回、このブログではそんな大舞台の裏側について書いてみました。
早慶戦開催に至るまで
早慶戦は今年で77回目という歴史ある大会であり、私がお会いしたOBの方々は皆、自分達の早慶戦について思い出として話してくださるくらい、昔から熱戦を繰り広げてきた大会です。
通算成績は今年慶應が勝って38勝39敗と拮抗しており、このような成績は他の競技の早慶戦ではなかなか無いらしいです。
そんな早慶戦の準備は大会の約半年前から始まります。
大会ポスターのデザインを決めたり、当日配布するパンフレットの原稿を作ったりとやることは盛りだくさんで、それらを早慶の学生スタッフ数人でこなしていくのは非常に大変でした。
またポスターやパンフレットを作るには多額の費用がかかるので、パンフレットに広告を載せる代わりにお金を頂いて、広告協賛を集めなければなりません。
その為、あらゆる企業に営業をかけ協賛金のお願いをしています。しかしいくら伝統ある大会とはいえ、アマチュアスポーツの定期戦である早慶戦の広告は企業から見ると費用対効果はほぼ無いのが現状です。
それでもバスケットボールの早慶戦を盛り上げようと協力してくださる方々から協賛金を頂き、大会が成り立っています。
他にも、バスケットボールの早慶戦を盛り上げてもらう為に、応援指導部の皆様に協力してもらっています。
普段のバスケ部の試合では応援指導部に協力していただく機会があまりない為、私は当日の試合前後のチアの演出や、応援方法などの段取りが全くわかりませんでした。しかし応援指導部の方には一緒に会場に下見に来て頂いたり、何度も打ち合わせをして頂いたりと、どうすれば早慶戦が盛り上がるかを自分ごとのように案を出してくださりました。
ここまで早慶戦が始まるまでの話をしてきましたが、これ以外にも沢山準備があり、普段の練習や授業に加えて早慶戦の準備をする生活は多忙なものでしたが、刻々と迫る当日に向けて、焦る気持ちよりもワクワクの気持ちの方が大きかったです。

早慶戦前夜、そして当日
そしていよいよ試合の前日になり、夜のセッティングの時間となりました。
今年は早稲田アリーナでの開催ということもあり、早稲田の練習が終わってから早稲田の下級生の選手たちも一緒に夜遅くまで設営をしました。
早慶のスタッフだけでなく、早稲田の下級生部員、早慶戦支援委員会の方々にも手伝って頂いているのを見て、もちろん勝ちたい気持ちは大きいものの、勝敗関係なく大会が無事成功してほしいという気持ちにもなりました。
当日、朝から準備を進め男子戦が近づく中、些細なトラブルがいくつかあり、私はその対応に追われており選手と試合前にあまり話す機会もありませんでした。
そしていよいよ運命の男子戦が始まりました。
早慶戦の試合については選手が語った方がいいと思うので書きませんが、綺麗事抜きで、試合に出場していた選手だけでなく、ベンチメンバー、OB・OG、観客席全てが一体となって掴んだ勝利だと感じました。
試合が終わりみんなで若き血を観客席に向かって歌った時の感情は今でも鮮明に覚えていて、喜びだけでなく安堵や、来て頂いた方への感謝など、様々な感情が混ざった不思議なものでした。

実際に観戦に来て欲しい
ここまで早慶戦についてダラダラと書いてきましたが、私はこのブログを読む全ての方に来年の早慶戦に是非来て頂きたいと思っています。
正直慶應と早稲田が全国で1番と2番の実力を持っていて、早慶戦に勝った方が日本で1番というわけではないかもしれません。
しかしお互いがこれ程までライバル視をして、70年以上も前から定期戦を続けてきた試合は、大学バスケットボール界ではないと思います。
バスケットボールを知らない方、バスケをしていても慶應、早稲田の関係者でない方でも楽しめる試合になるはずです。
もちろんコートに立つのは選手ですが、スタッフもこの大会をより良いものにしていこうと必死に取り組んでいます。
影で支えているスタッフの存在に気づいて欲しい訳ではないのですが、私たちが作り上げる早慶戦を是非生で観戦し、会場の熱気や一体感を感じてほしいです。
私としても最後の早慶戦、皆さんと共に会場で勝利の若き血を歌いたいです。

最後に
今年の早慶戦に携わってくださった方々や観に来てくださった方々、本当にありがとうございました!
秋のリーグ戦も来年の早慶戦も勝って皆さんの期待に応えたいです。
長くなってしまいましたが、最後までお読み頂きありがとうございました。今後とも何卒宜しくお願い致します。
次回は髙田淳貴(4年生)です!乞うご期待ください!
ブログリレー 工藤翔平
2019年9月25日 19:00| Comment : 0
オフ期間の使い方

はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学法学部政治学科4年並びに体育会バスケットボール部に所属させていただいております、工藤翔平と申します。
宜しくお願い致します。
今回のブログリレーを書くにあたり正直、書くネタが思いつきませんでした。
さらに、私は自分のことを表現する事が苦手なのでこのブログを書くのがしんどかったです。
ですので、今回は自分が部活動に入部してから4年間を振り返りオフ期間をどう過ごしてきたのかについて書かせていただきたいと思います。
どうぞ最後までお付き合いください。
オフ期間とは?
そもそもオフとは何か?
これは、この部活に入ってから特に考えた事です。
私は一貫校の出身で入部する前から大学の体育会のレベルの高さを知っていました。試合に出場するメンバーのほとんどは高校時代から全国大会に出場している選手ばかりで入部してその実力差を痛感しました。
また、大学の部活動では高校や中学校の部活動と違い、シーズン期間とオフ期間がはっきりと分かれています。特にバスケットボール部はテスト前に1ヶ月のオフ期間があります。
オフ期間の使い方は人によってそれぞれです。
しかし僕は、オフ期間を真剣に取り組んだ事が今の自分の成長に繋がっていると確信しています。
高校時代までは地区大会敗退だった私が、いかにして大学で試合に出て貢献できるかを考えた時に、このオフ期間を試合に出ているメンバーより考え、努力することが不可欠であると考えていました。
今回は、そんなオフ期間の使い方を振り返り、最後にそこから学んだことについて書かせていただきます。
下級生としてのオフ期間
下級生としてオフ期間はとにかく体力づくりに重点を置きました。
大学に入部して以来、フィジカルの弱さを痛感し、この体で戦うことは難しいと感じた私は体重を10kg以上増量し、また走り込みを行いました。
さらにシュートの精度を上げるためにシュートフォームの改造を行い、ひたすら新しいフォームでシュートを打っていた時期もありました。
下級生としてのオフ期間を通じて、とにかく素直になること・自主練習を楽しむことが大切だと感じました。
特に自分の周りには尊敬できる上手な先輩が沢山いたので、その先輩たちがどのように自主練習を行っているのかをたくさん見て学び、同じようにやってみました。
また先輩や同期に貰うアドバイスや先輩が提案していただいた自主練習のメニューに素直に貪欲に取り込みました。その中で目的意識をもってメニューを自分で決め、楽しんで行いました。
そしてうまくいかないときは誰かに相談してとにかく失敗を繰り返しながら地道に続けることを大切にしてきました。時には強く叱ってくれた先輩や一緒に厳しい自主練習をこなしてくれる同期や先輩がいて、僕は本当に環境に恵まれていたんだなと感じました。
加えて、このオフ期間には同期とのミーティングを多く行い、同期でディズニーや釣りに行くなど同期と仲を深めるために時間を使いました。

下級生はとにかくオフ期間は言われたことを素直に貪欲に取り組んでみることが大事だと思っています。
そして良い意味で相手の期待を裏切るくらいの練習量をこなすことが大切だと思います。そしてそれを継続することです。
時には、続けていても成果や結果にならないことがあります。
私も出来ないことを言い訳に手を抜いたことがありました。
そんなときに自分に嘘をつかずに頑張れるかが重要です。
頑張り続けていればきっといいことがあると僕は思っています。
上級生としてのオフ期間
三年生時には自分の長所を伸ばすためにオフ期間を費やしました。
全国トップレベルの選手と戦うために自分に必要なことは、弱点を克服するよりも長所を伸ばすことだと感じたからです。
長所を伸ばすためにトレーニングを行い、自ら学生コーチにメニューを相談して決めたこともありました。またバイト(トレーニングジム)先でヨガやダンスにもトライしてみました。下級生の時のように結果に繋がるか分からないことも、とにかくやってみました。
そして最上級生としてのオフ期間。
振り返ると、このオフ期間がいちばんきつかったです。
今までのオフ期間は自分に必要なことを自ら考えこなす。
そこには楽しさもありました。
しかし、最上級生として、自分だけがコツコツと取り組むこと以外にも、下級生を巻き込み、下級生のために自分はなにができるかを考えて取り組むことが必要になりました。
しかし、下級生と一緒に自主練習をこなすことで自分だけでは気付けなかったところや下級生からこうした方が良いと指摘され、自主練習の質がより高まりました。
自分が思うオフ期間
大学に入り、オフ期間の使い方はとても重要だと感じました。
自分のような決して器用ではない選手にとってオフ期間の積み重ねは必ず力になるはずです。
私はオフ期間の自主練習は、一日だけ頑張るのではなく、毎日頑張り続けることが大切だと思っています。
続けるためにも目的意識をもって自主練習をこなす、そして楽しむといいと思います。
また、せっかくのオフ期間がテスト勉強だけで終わってしまうのを防ぐためには日頃の授業はしっかりと受けた方が良いと思います。そして、たまには同期や友達とどっかに行って遊ぶのもいいと思います。
自分が一度やると決めたことにどれだけ覚悟をもって取り組めるか。自分に嘘をつかずに行えるか。そしてそれを楽しめるか、継続できるか。
これが僕の思うオフ期間の使い方のポイントではないかと考えています。
最後に
もう自分には部活動で過ごすオフ期間はありません。
残りのリーグ戦、一試合ずつ全力で戦っていきます。
今回はあえてオフ期間の使い方について書かせていただきました。
引退ブログではこの四年間の部活動で何を感じたのか?について書かせていただきたいと思っています。
一貫校生の不器用で下手な私がこの部活でどう頑張ってきたのかを中心に書かせてもらいます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は杉田雅虎(3年生)です!乞うご期待ください!
ブログリレー 肥田大輝
2019年9月24日 19:00| Comment : 0
一期一会

はじめに
誠に僭越ながら自己紹介させていただきます。
私、本年度慶應義塾大学総合政策学部1年ならびに体育会バスケットボール部所属の肥田大輝と申します。よろしくお願い致します。
この度ブログリレーを担当させていただくにあたり、何について書くか考えたところ、2年遅れて大学に入学した私の経験を踏まえ、その中で私が学んだ、「出会いの大切さ」について書きたいと思いました。
是非最後までお付き合いください。
大学入学までの出会い
まず、私が慶應でバスケットボールをしたいと思ったのは、高校時代に出会った先輩への強い憧れがあったからです。
私は福岡県出身で、小学6年生でバスケットボールをはじめ、地元の公立中学を卒業した後、高校バスケットボールの名門である福岡大学附属大濠高等学校に一般入試で合格し入学しました。
そこで出会ったのが、昨年度本塾の主将を務められていらっしゃった鳥羽さん(2018年卒)です。
圧倒的キャプテンシーをもち、バスケットボールの面ではもちろんのこと、勉強にも力を入れていらっしゃる姿を見て、私が目指すべきは、鳥羽さんのような文武両道を全うする人間だと思いました。
慶應に合格した後も、鳥羽さんと連絡をとり、主務の 野田さん(4年・法学部政治学科)と繋いでいただいたおかげで、今こうしてバスケットボール部に所属することができています。
鳥羽さんとの出会いが、私を慶應バスケットボール部に導いてくれました。
入学前のことになりますが、私は高校を卒業後一年の浪人を経験し、一度国立の佐賀大学に入学しました。
一度はバスケットボールから離れたものの、
SNSなどを通じて高校時代のチームメイトの活躍を目にし、やはり自分にはバスケットボールしかない、彼らと競い合いたい、と思い再受験することを決心しました。

大学に通いながらの受験勉強はとても大変でしたが、ここでも佐賀大学で出会った多くの友人に支えてもらい、無事に合格することができました。
大学入学後の出会い
有難いことに、私は大学入学後も多くの出会いを経験させていただいています。
大学生活の大半を共に過ごすであろう部活の同期。
個性的で我が強く、それぞれが強い意志を持っていますが、協調性もあり、これからどんな学年になっていくか、僕自身とても楽しみです。

先輩方も尊敬できる方ばかりです。
選手はもちろん、スカウティングやチームの運営など、チームを縁の下の力持ちとして支えられているスタッフの先輩方には、チームへの貢献の仕方を日々学ばせていただいています。
特に、本塾の春シーズン最大の目標であり、70年以上の伝統がある早慶戦では相手のスカウティングや、広報活動、会場の設営など、多くの場面でスタッフの方々がチームの勝利のために行動している姿を見て、私も1日でも早く、チームのために行動できる人間にならないといけない、と思いました。
本塾のバスケットボール部は、こうしたチームや自分以外の人のために動ける人の集まりです。
有意義な大学生活を送るために、価値ある出会いを経験したいと思う方は、ぜひ一度体育館に足を運んでみてください。
出会いの場はバスケットボール部にとどまりません。
多種多様な人材が集まる、この慶應義塾大学で、私は多くの出会いを経験しています。
海外から留学しに来ている人や、他の体育会で部活に打ち込んでいる人、サークルで自分の好きなことに熱中している人。
多くの友人が私に刺激を与えてくれ、私を動かす原動力となっています。
私が今、こうして大好きなバスケットボールに打ち込めるのはこれまで出会った多くの方々の支えがあるからです。
応援してくださる方々への感謝の気持ちを忘れず、4年間かけて少しずつ恩返ししていきたいと思います。
最後に
チームは今、1部昇格に向けてリーグ戦を戦っています。
今シーズンも残り2カ月ですが、今後とも慶應義塾体育会バスケットボール部の応援をよろしくお願いいたします。
ご精読ありがとうございました。
次回は工藤翔平(4年生)です!乞うご期待ください!